彼女の目に涙はなく、僕はその理由をすべくホール内を見まわし、考えを巡らせた。
 まず気になったのが、そこに流れていた禍々(まがまが)しい空気。お電話でも聞かされていたが、絢乃さんたち親子に対する親族の(ぞう)()は相当なものらしい。他人の僕でさえ不快に感じるほどだった。
 そして、そんな悪意の目に晒されている絢乃さんを守るようにピッタリと側に寄り添う里歩さんの姿。彼女もきっと、葬儀会場とは思えないほど殺伐(さつばつ)とした雰囲気に不快感を抱いていたに違いない。だからこそ、絢乃さんをその殺気立った空気から守ろうと睨みをきかせていたのだと思う。
 そしてまた、絢乃さんご自身もこの人たちの前では泣かずにいようと心に決められていたのだろう。弱みを見せないことで、この人たちからご自身のメンタルを守ろうとして。……もちろん、理由はそれだけではないかもしれないが。
 ……なるほど。これじゃ絢乃さんも泣いていられないわけだ。――納得できた僕は、絢乃さんたちのすわっていらっしゃる親族席の方へと歩いていった。

「――桐島さん、ご苦労さま」

 そんな僕に気づき、絢乃さんが声をかけて下さった。やっぱり彼女は無理をしているな、と僕は思い、心が痛んだ。本当は笑えるはずなんてないのに、うっすらと笑顔を張り付けていたからだ。こんな時は無理に笑顔を作らなくても、何なら真顔だって僕は別に構わなかったのに。
 
「絢乃さん、この度はご愁傷さまです。――ああ、里歩さんも来て下さったんですね。ありがとうございます」

 僕は殊勝にお悔やみの言葉を述べ、小さく会釈して下さった里歩さんにも参列して下さったことへのお礼を言った。
 里歩さんはどうやら、(もちろん、ご自身が参列したかったお気持ちもあっただろうが)中川家の代表としていらっしゃっていたようだ。彼女のご両親は経営コンサルタントの事務所を開いておられて、亡くなった源一会長とも仕事上のお付き合いがあったのだとクリスマスパーティーの日に絢乃さんから聞いていた。

「ああ、いえいえ。ウチの両親も絢乃のお父さんにはお世話になってましたから。桐島さん、絢乃の秘書になったそうですね」

 里歩さんは真面目な顔で、僕にそう切り出した。が、どうして彼女がそのことをご存じなのか、僕は疑問に思った。絢乃さんからお聞きになったのだろうか?

「はい。絢乃さんはこれから篠沢グループを背負って立つ人ですから、僕でお役に立てることがあればと思って」

 僕がこう答えると、里歩さんの表情が厳しいものに変わった。ちょっと答え方を間違えてしまったかもしれない。

「桐島さん、ちょっと厳しいこと言いますけど。絢乃の秘書になるってことは、この子に自分の生活全部をささげるってことだって分かったうえで決めたんですよね? あたし、あなたにいい加減な気持ちでそんなこと軽々しく言ってほしくないんです」