――というわけで二日後(源一会長がお亡くなりになった日が友引だったのだ)、僕は黒のスーツに黒のネクタイを締め、篠沢商事二階の大ホールで営まれた源一会長の社葬に参列した。
 葬儀は総務課が取り仕切っていて、司会進行は久保が行うことになった。もしもまだ総務課にいたら、僕もまた島谷課長にこき使われていたことだろう。

 前日の夜に絢乃さんから電話があり、お通夜で公開された遺言書によって、彼女が正式に源一会長の後継者として指名されたと聞かされた。それに反発した親族によって、加奈子さんだけではなく絢乃さんまで敵視される事態になったことも。
 それでも彼女は「大丈夫」と気丈におっしゃって、マイナスの言葉を決して吐き出そうとしなかった。
 親族から目の敵にされることは怖かっただろうし、お父さまやご自身のことであることないこと言われるのは腹立たしいことだったろうに。内心では相当ストレスを溜め込んでいたことだろうと思う。
 そんな彼女を守るために、僕は秘書になったのだ。それまでごく平凡に人生を送ってきたこんな僕が、ヒーローになる時がやってきたのだと、葬儀当日の朝、身支度を整えながら武者震いしたことを今でも憶えている。


 受付で芳名帳に記入をして香典を渡すと、総務課時代の先輩だった女性が「桐島くん、ご苦労さま」と頭を下げてくれた。

「聞いたわよ。あなた、絢乃お嬢さまの秘書になったんだって?」

「はい、今日も絢乃さんのことが心配で来たんです。源一会長とはちょっとしたご縁もありましたし。――絢乃さんはもう中に?」

「うん。加奈子さまとお二人で、弔問客を出迎えてらっしゃると思う。……そういえばほんの少し前、お嬢さまのご友人だっていう女の子が来てたわ。背の高い、ボブカットの」

 彼女が挙げた特徴から、その女性は里歩さんだろうと確信した。里歩さんとは一度お会いしただけだったが、彼女がとても親友想いな女性だということを僕も感じていた。そんな彼女なら、お父さまを亡くされてショックを受けておられた絢乃さんを慰めに葬儀にも参列されるだろうと僕は思った。

「それ、多分僕も知ってる方だと思います。ありがとうございます」

 ――ホールの中へ入っていくと、ブラックフォーマルのスーツに身を包んだ加奈子さんとシックな黒のワンピース姿の絢乃さん、そして大人っぽいダークグレーのワンピース姿の里歩さんを見つけた。
 喪服というのは、着ている人の魅力を自然とアップさせるのだろう。この日の絢乃さんからは、十七歳とは思えない、何ともいえない色香が漂っているように見えた。