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――その後、絢乃さんとお父さまとの間でどんな会話がなされていたのか、僕は知る由もなく。
翌日、アパートで出勤の支度をしていた僕は、絢乃さんから驚くべき連絡を受けた。
「――絢乃さん、おはようございます。どうされました?」
『ごめんね、朝の忙しい時間に。……実はね、パパが目を覚まさなくて。このまま入院させることになりそうなの。ママがさっき救急車を呼んで』
「…………えっ? そうですか……。じゃあ、今は救急車の到着を待たれているところなんですね?」
彼女の焦燥感漂う声に、僕はショックを受けた。前日の夜まで、源一会長は僕ともお話をされていたのに。クリスマスパーティーだってあんなに楽しまれていたのに。やっぱり前夜のあの言葉は、彼から僕に向けての遺言だったのか……。
『うん。あと二~三分で来ると思う。でもね、わたし思ったの。パパはもう、このまま目を覚ますことはないんじゃないか、って』
「そんな……。絢乃さん、気を強く持って下さい。まだそうと決まったわけでは」
絢乃さんは泣いていなかったが、すでに最悪の事態も覚悟されているようだった。でも、病院に――それも主治医であるドクターが勤務されている大学病院に搬送されれば、わずかでも助かる可能性が残されていたのだ。
『ううん。わたしね、昨夜パパから言われたの。「絢乃、ママと篠沢グループの未来をよろしく頼む」って。多分あれ、パパからの最後のメッセージだったんだよ。パパはあの時、自分がもう助からないんだって悟ったんだと思う』
「…………そう、ですか……」
絢乃さんが淡々とおっしゃったのが痛々しく感じて、僕は返す言葉に困った。ここは月並みな言葉でも何か言って慰めるべきだろうか? それとも、同情した方がいいのか――。
『――あ、救急車が来たみたい。じゃあ、また連絡します。桐島さん、これから出勤だよね? ホントに忙しい時にごめんなさい』
僕が悩んでいるうちに、電話の向こうから救急車のサイレンの音が聞こえ、絢乃さんが慌ただしく僕に謝って電話を切ってしまわれた。
「…………会長が入院? マジか……」
僕は会社へ向かうクルマの中でも、まだ信じられずにいた。だって前日まであんなにお元気そうだったじゃないか。いくら何でも急すぎる。
そして、僕は無理をして気丈にふるまっておられた絢乃さんのことが気がかりでならなかった。