『はい、何でしょうか』

『私亡き後、君に会長秘書をやってもらいたいんだ。――君も小川君から聞いているだろうが、私は遺言状で絢乃を正式に後継者として指名した』

『はい、存じております』

 ということは、これは源一会長直々のご指名なのだ。絢乃さんが会長になったら、それすなわち僕が会長秘書に就任するのだ、という。

『うん、それなら話は早い。桐島君、ぜひとも絢乃の支えになってやってくれ。君になら安心してあの子を任せられる』

『はい。僕などでよろしければ』

 それは僕にとっても願ったり叶ったりだった。……が、会長のお話にはまだ続きがあった。

『そうかそうか。だがね、桐島君。それは仕事のうえだけの話ではないんだよ。……ひとりの男としても、絢乃に寄り添っていてやってほしいんだ』

『……は? と……おっしゃいますと?』

『いずれはあの子の伴侶となってほしい、ということだ。まぁ、君の意思だけではどうにもできないだろうがね』

 それはそうだ。僕がそこで「承知しました」と言ったところで、結婚話は絢乃さんの気持ちを無視して進められないのだ。

『……はい。それは……すぐにどうこうできることではないので。ここでの返事は保留にさせて頂いてもよろしいでしょうか?』

『もちろんだよ、桐島君。じっくり考えたうえで、返事をしてほしい。が、私にはもう時間がないから、なるべく早い方がいいな。無理を言ってすまないが』

『……いえ、そんなことは』

『私にはもう分かっているんだよ。――君は、絢乃に惚れているんだろう?』

 会長はいたずらっ子のような笑みを浮かべて、僕に特大の爆弾を投下された。

『…………はい』

 僕は素直に認めた。この人にはどんなごまかしも通用しないような気がしたからだ。

『やっぱりそうか。私の目に狂いはなかったようだね。ではさっきの件、考えておいてほしい。――桐島君、仕事中に呼び立ててすまなかったね』――


 ――僕はこの日、源一会長にあの二つ目の依頼の返事をしようと思っていた。それも、絢乃さんのいないところで、会長と男ふたりだけになった時に。

「……桐島さん? どうしたの、なんかボーッとしてたよ?」

 ふと我に返ると、前を歩いていた絢乃さんが僕を振り返り、不思議そうに首を傾げていた。

「ああ、いえ、何でもないです。――ところで今日、お父さまの具合は……? もう会場にいらっしゃるんですか?」

「まだ部屋にいるみたい。具合は相変わらずかな。気分がよければ顔出してくれるって言ってたけど」