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――夕方六時少し前。緊張に震える指で篠沢邸の門に取り付けられたドアチャイムを押すと、応答してくれたのはお手伝いさんなどではなく、なんと絢乃さん本人だった。
『――はい』
「あ、桐島です。今日はお世話になります。――クルマ、カーポートに勝手に停めさせて頂きましたけど」
この家のカーポートはかなり広く、そこに停められていたのは黒塗りの高級セダンと小型車、そして僕にも見覚えのある紺色の〈L〉のセダン――これは源一会長の愛車だ――の三台だけだった。
来客用かどうかも分からず、とりあえず空いているスペースにクルマを停めてしまったのだが、よかったのだろうか?
『いらっしゃい、桐島さん! 全然オッケー☆ 門のロック開いてるからどうぞ入って』
ところが、そんな僕の心配はただの杞憂だったようで、絢乃さんはとびっきり元気な声で僕を歓迎して下さった。でも、その声からは彼女がかなりムリをして明るく振舞っていることも窺えた。
「――絢乃さん、今日はご招待、ありがとうございます。おジャマします」
「いらっしゃい! 来てくれてありがとう。どうぞ、これに履き替えて。会場はリビングダイニングなの」
ニコニコしながら僕を出迎えて下さった絢乃さんは、タートルネックの赤いニットに深緑色のジャンパースカートという少しピッタリとした服装だった。それまで見てきた制服姿やドレス姿はわりとゆったりしていて体型がよく分からない感じだったので、彼女の恵まれたプロポーションが見た目にも分かる私服姿に僕は内心ドキッとした。この時ほど「自分は男なんだな」と意識したことはなかったかもしれない。
玄関には僕が履いていった茶色のレザースニーカーの他に、女性ものと思われるカーキ色のウェスタンブーツが一足揃えて置いてあった。絢乃さんをはじめ、ご家族の靴はシューズクローゼットにしまわれていただろうから、このブーツは一体誰のものだろうと僕は首を傾げた。
勧められた来客用のモコモコスリッパ(色はネイビーだった)に履き替え、リビングへ向かう廊下を進んでいる途中で絢乃さんにブーツの主について訊ねてみると、親友の中川里歩さんという方のものだと教えて下さった。彼女は早くから篠沢家に来ていて、パーティーの準備を手伝って下さっていたのだと。
絢乃さんからは柑橘系とは違う甘い匂いがしていて、思わず「何の匂いですか?」と訊ねてしまったが、この問いにも屈託なく「さっきまでケーキを作ってたから、多分その匂いだよ」と答えて下さった。