僕は別に、「会長秘書をやりたい」と小川先輩や室長、先輩たちに公言していたわけではないのだが。自分の中では「絢乃さんに付く」=「会長秘書」という理屈ができあがっていた。だって、絢乃さんが会長以外のポストに就くことはあり得ないのだから。
 そして、彼女以外の人が会長に就任された場合、僕は会長秘書のポストを辞退するつもりでいた。僕は彼女の支えになりたくて秘書室に入ったのだ。彼女以外の人に付くなんて冗談じゃなかった。


   * * * *


 それから二週間ほどしたクリスマスイブ直前の土曜日、僕の新車が納車された。と同時にオンボロ車はお役御免となり、僕はピカピカの新しいセダンを運転してアパートに帰った。ちなみに、前のクルマとカラーリングを同じにしたのは、僕のクルマがシルバーだと絢乃さんに憶えて頂くためだった。

 セダンは父も乗っていたので運転させてもらったことがあったが、自分の愛車はまた愛着が違う。ハンドルが若干重く感じたのは、ローンの返済が重くのしかかっていたからだろうか。
 軽の時とは違い、助手席との間が少し広いので、絢乃さんを乗せるたびに感じるドキドキ感はほんの少し緩和されたと思う。

「絢乃さん、このクルマ見て何ておっしゃるかな……」

 購入の報告をした時、彼女は嬉しそうに「楽しみにしている」とおっしゃっていたので、喜んで下さるだろうとは容易に想像がついた。が、それと同時に僕は気を引き締めた。
 その時には、秘書室へ異動したことを彼女に話さなければならないのだ、と。

 彼女はきっと、あの三ヶ月間を有意義に過ごされ、もうある程度は覚悟ができていただろう。お父さまの死後、ご自身がどういう立場に置かれるのかを。元々芯の強い女性だったようだし。
 でも、きっとその裏で人知れず涙を隠してもいたと思う。その涙を、僕の前では隠さずにいてほしかった。彼女が涙を見せられる唯一の存在が僕であってほしいと願っていた。

「……っていうか、当日何着ていこう?」

 僕はそこで頭を抱えた。僕の私服は決してダサくはないと思うのだが、果たしてよそのお宅(ましてやあんな大豪邸だ)に着ていってもいいレベルのものかどうか……。

 こういう時、誰を頼るか? 兄にだけは相談したくない。ハッキリ言って、センスの〝セ〟の字もないから。

「……………………しょうがない、ここは小川先輩に相談するか」

 絢乃さんに嫉妬されるかもしれないと思いつつ、僕は先輩に電話したのだった。