「――そういえば会長、最近会社であまりお見かけしませんね」
少し前まで、車いすになっても無理をおして出社されていたのだが。それもできないくらい弱られていたということだろう。
「うん……。あたし、奥さまから連絡頂いたんだけど、このごろは朝起きられないくらいつらそうなんだって。でも起きられないわけじゃないらしいの。お昼くらいに起きて、ご自宅の書斎でお仕事されてるらしいんだけど。自由ヶ丘から丸の内までクルマを運転してくるのもつらいんじゃないかなぁ」
「もう……そんなにお悪いんですか。えっと、お仕事っていうのはこないだ先輩が話してくれたヤツですか? 絢乃さんのためにやっておきたいって、会長がおっしゃってたっていう」
僕が先輩からその話を聞いたのは、それより一週間ほど前のことだった。
「ううん、そっちはもう終わられたみたい。会長がご自宅でなさってるのは通常業務の方。決裁とか色々ね」
「ああ、そっちですか」
会長としても、とりあえず一つの大きな仕事を終えられたのだからひと安心、といったところだっただろう。
「……でもさ、桐島くん。そろそろリミットって考えた方がいいかもよ? あなたも覚悟決めないと」
「…………ですね」
先輩の言わんとしていることが、僕にはハッキリと分かった。会長の命の期限がもうすぐそこまで迫ってきている――つまり、絢乃さんが会長になられる日も近いということだ。
「ここだけの話だから、他の人にはまだ言わないでね? あたし、会長から直接伺ったんだけど、会長の中ではもう、絢乃さんを後継者に決めてらっしゃるみたい。遺言書も作られたって聞いたよ。正式なヤツ」
「そうなんですか? じゃあ……もう絢乃さんが次の会長ってことでほぼ決まりじゃないですか!」
〝ほぼ〟と言ったのは、正式に就任が決まるまでには株主総会という関門があり、他の候補者がいなければ、という条件もプラスされるからである。
「そういうこと。だから、あたしは今、あなたにも会長秘書としての心構えを説こうとしてるの」
……そうか、もうそんなことになっていたのか。とすれば、僕もそろそろ移動先が秘書室だということを絢乃さんに打ち明けなければと思った。
ちょうどもうじき新車も納車される頃だったし、クリスマスパーティーの日がちょうどいい機会だろう、と。……ただ、僕が源一会長の死期を待っていたかのように絢乃さんから誤解されたら……という心配はまだ残っていたが。
この頃になってもまだ、絢乃さんのことを百パーセントは信用できていない自分がいた。
少し前まで、車いすになっても無理をおして出社されていたのだが。それもできないくらい弱られていたということだろう。
「うん……。あたし、奥さまから連絡頂いたんだけど、このごろは朝起きられないくらいつらそうなんだって。でも起きられないわけじゃないらしいの。お昼くらいに起きて、ご自宅の書斎でお仕事されてるらしいんだけど。自由ヶ丘から丸の内までクルマを運転してくるのもつらいんじゃないかなぁ」
「もう……そんなにお悪いんですか。えっと、お仕事っていうのはこないだ先輩が話してくれたヤツですか? 絢乃さんのためにやっておきたいって、会長がおっしゃってたっていう」
僕が先輩からその話を聞いたのは、それより一週間ほど前のことだった。
「ううん、そっちはもう終わられたみたい。会長がご自宅でなさってるのは通常業務の方。決裁とか色々ね」
「ああ、そっちですか」
会長としても、とりあえず一つの大きな仕事を終えられたのだからひと安心、といったところだっただろう。
「……でもさ、桐島くん。そろそろリミットって考えた方がいいかもよ? あなたも覚悟決めないと」
「…………ですね」
先輩の言わんとしていることが、僕にはハッキリと分かった。会長の命の期限がもうすぐそこまで迫ってきている――つまり、絢乃さんが会長になられる日も近いということだ。
「ここだけの話だから、他の人にはまだ言わないでね? あたし、会長から直接伺ったんだけど、会長の中ではもう、絢乃さんを後継者に決めてらっしゃるみたい。遺言書も作られたって聞いたよ。正式なヤツ」
「そうなんですか? じゃあ……もう絢乃さんが次の会長ってことでほぼ決まりじゃないですか!」
〝ほぼ〟と言ったのは、正式に就任が決まるまでには株主総会という関門があり、他の候補者がいなければ、という条件もプラスされるからである。
「そういうこと。だから、あたしは今、あなたにも会長秘書としての心構えを説こうとしてるの」
……そうか、もうそんなことになっていたのか。とすれば、僕もそろそろ移動先が秘書室だということを絢乃さんに打ち明けなければと思った。
ちょうどもうじき新車も納車される頃だったし、クリスマスパーティーの日がちょうどいい機会だろう、と。……ただ、僕が源一会長の死期を待っていたかのように絢乃さんから誤解されたら……という心配はまだ残っていたが。
この頃になってもまだ、絢乃さんのことを百パーセントは信用できていない自分がいた。