「ちょっと桐島くん! 『小川先輩()』ってどういうことよ!? ……まぁいいや」

 気心知れた相手なので、先輩がこうして僕の言うことにいちいち茶々を入れてくるのは挨拶代わりのようなものだったし、僕もいちいち気にしていなかった。

「いいんですかい。……あ、コーヒー淹れてきましょうか? 僕も飲みたいんで」

 とはいっても、この頃はまだ自前の豆やら道具やらは会社に持ち込んでおらず、給湯室にはインスタントコーヒーしかなかったのだが。

「いいの? じゃあお願い。あたし、ブラックの濃いめで」

「じゃあ私もお願いしようかな。薄めのお砂糖多め。ミルクはなしで」

「分かりました」

 給湯室へは、秘書室から直通の通路で行ける。あと、会長室側からも同じような通路が設けられている。
 僕は手際よく三人分のコーヒーを淹れ、マグカップをトレーに載せて秘書室に戻った。ちなみに僕はミルク入りの微糖が好みだ。

「――はい、お待たせしました」

「ああ、ありがとう、桐島くん」

「ありがとー。いただきま~す♪ ……ん、美味しい♡」

「でしょ? 温度が大事って言ったの、分かってもらえました?」

 僕は得意げに肩をそびやかし、自分もカップに口をつけた。

「――ところでさ、桐島くん。昨日絢乃さんとデートしてきたんでしょ? どうだったの?」

「……………………ブホッ!」

 ホッと一息ついたところで、先輩がサラッと爆弾のような質問を投下してきた。僕はしばらくゴホゴホとむせた後、やっとのことで反論した。

「デ……っ、デートじゃないですよ!? そんなおこがましい!」

「えーー? そうかなぁ? あたしはデートだと思うけど」

 先輩も大概しつこい。こっちが否定してるのにまだ言うか。

「…………どうしてそう思うんですか? 絢乃さんが俺のこと好きかどうかなんて分からないじゃないですか」

「だってあたし、分かるもん。絢乃さんも桐島くんのこと好きだって、絶対」

「……………………」

 この人はどうしてこんなに自信満々なんだろうか。そもそも、ちゃんと根拠があっての発言なのか?

「……先輩、それ、何か根拠があって言ってるんですか?」

「女のカン、っていうのは冗談だけど。傍から見ればあなたたち、付き合ってるようにしか見えないもん」

「え…………、マジっすか」

 確かに僕サイドはそのつもりだった。「おこがましい」と口では言っても、秘書室に異動したのも新車に買い替えたのも全部、愛する絢乃さんのためだった。が、彼女の気持ちがどうだったのかまでは、僕には分からなかった。