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 僕は十一月の初旬、自動車メーカーの正規ディーラーを訪れ、新車の購入契約をした。外側の塗装や内装をカスタムしたこともあり、納車には半月から一ヶ月ほどかかると言われた。
 その分費用はトータルで四百万円ほどかかってしまったが、それが僕の秘書としての覚悟の証明になるなら安いものだと思えた。
 シートのカラーが自分で選べたので、僕は数あるカラーの中から上品なワインレッドをチョイスした。絢乃さんのイメージなら、どキツいピンク系よりもそちらだろうと思ったからだ。それに、ワインレッドだとシートの生地がベルベット地になるので乗り心地もよくなるだろうと。
 新車と引き換えに、それまで散々こき使いまくったオンボロのシルバーの軽自動車は下取りしてもらうことにした。納車前に売っ払ってしまうと、僕の通勤手段がなくなってしまうからだ。当然のことながら、絢乃さんをドライブにお連れすることも不可能になってしまう。

「売っ払っちまうくらいなら、なんでオレに譲ってくんなかったんだよ!?」

 兄は(もちろん普通自動車の免許は持っている)文句タラタラだったが、だったら兄貴が車検代とか維持費払えるのかと訊いたところ、反論がなかった。どうやらそっちの経費は僕に丸投げするつもりだったらしい。いくら篠沢商事の給料が飲食系よりいいとはいえ、二台分のクルマの維持費を払うなんて冗談じゃない。こっちの生活が成り立たなくなるじゃないか。

 ――なんてことがありつつ、僕は時々絢乃さんを放課後のドライブにお連れするようになったのだが……。
「異動しました」の一言を彼女に告げるタイミングがなかなか掴めないまま、一ヶ月近くが経過した。気がつけばその年もあと一ヶ月を残すところとなり、クリスマスが近づいていた。 

 小川先輩の言ったとおり、大事なことは話すタイミングをズルズルと引き延ばせば引き延ばすほど言いにくくなる。そんな中で源一会長の命にもタイムリミットが迫っていて、僕は焦り始めていた。
 せめて、よく会社を早退するようになった僕に疑問を抱かれた絢乃さんの方から切り出してはくれないだろうか、と何とも他力本願なことまで考えるようになっていた。が、ある日それが叶ってしまった。