「マジか。ってことはだ、待てよ。……お嬢さまの方もお前のこと気になってんじゃねぇの?」

「やめてくれよ、期待させるようなこと言うの。久保、お前面白がってねぇか?」

 僕はプラスチックのホルダーをはめた紙コップをデスクに置き、腕組みをして久保を睨み付けた。コイツには、人のゴシップをイジっては喜ぶという悪いクセがあるようだ。

「いやいや、面白がってなんかいませんよ、オレは。ただ友人としてだな、お前がやっとまた女の子と関わり始めたことが嬉しいってだけで」

「まだ深く関わっていくって決まったわけじゃ……。連絡先交換しただけだぞ」

 口ではそう言ったものの、実際には自分がこの先、絢乃さんと深く関わっていくだろうことが分かっていた。お父さまがおそらくは命に関わる重病で、彼女の心はグラついていた。そんな彼女には支えになる存在が必要で、それが僕である可能性はほぼ百パーセントといっても過言ではなかったからだ。

「んでもさぁ、それがキッカケで恋愛に発展して、いずれは逆玉とかもあるんじゃね?」

「別に……、俺は逆玉なんか狙ってないけどさ。絢乃さんのために何かしてあげたいっていうのはホントかもな。だから、このまんまじゃいけないんじゃないかとは思ってる」

「このまんま、っていうと?」

総務課(このぶしょ)で、課長にいいように使われたままじゃダメだって。でさ、俺、近々異動しようと思ってるんだ」

「異動? っつうと……、会社ん中で部署だけ別のところに変わるっていう意味か?」

「そう。まだどこの部署に行くか、具体的には何も決めてないんだけどな」

 絢乃さんのすぐ近くで、彼女の力になれる部署に異動すると決意こそしたものの、それができる部署が一体どこなのかまでは分かっていなかった。

「そっかそっか。お前もここからいなくなるのか。淋しくなるなー。けどまぁ、その方がいいのかもな。お前はこんなところで(くすぶ)ってるような男じゃないって、オレ前から思ってたもん。異動先でも頑張れよ」

「おう。サンキューな、久保。俺、もう課長から何言われても怖くねぇわ。これからはイヤなことは『イヤです』ってハッキリ言うよ」

 覚悟を決めた人間は強いのだ。じきに別の部署に変わるんだと思えば、()()()()に怯えていた自分がバカみたいに思えてきた。もうヘイコラする必要なんかない。異動前にキッチリ引導を渡してやろうと僕は心に決めた。