「……あのなぁ、久保。さっきお前が言ったんだぞ。日比野は彼氏持ちらしい、って。それで、なんで俺にもワンチャンあることになるんだよ? もう振られる以前にさ、告る前から失恋確定してるじゃんか」

 たったの一分ほどで言うことをコロッと変えた友人(ダチ)に、僕は呆れるしかなかった。コイツは僕が真剣に悩んでいるのに、他人事(ひとごと)にしか思っていないんじゃないだろうか、と。

「いやいや、分かんねぇよ? 本命の彼氏は事情があって公にできねぇから、お前をカモフラージュにするって可能性もないわけじゃねぇだろ? んで、アイツのことが好きで、そろそろ彼女ほしいなーって思ってるお前は、どんな形であれアイツと付き合えるわけだ。これでウィンウィンじゃね?」

「〝ウィンウィン〟って、あのなぁ……」

 あくまで都合のいい持論を(誰にかというと、久保自身というより僕に、なんだろうが)展開する彼に、僕は絶句しつつもついつい納得してしまうのだった。
 
 確かに、僕はその頃本気で彼女がほしいと思っていた。学生時代の同級生が結婚ラッシュで、焦っていたせいもあるのかもしれない。そして、もしも彼女ができたらその相手は結婚相手になるんだろうと漠然と思ってもいた。だから、本当なら本命の相手がいる日比野美咲がその対象となることはなかったはずなのだが……。
 男にはそういうところがあるのだ。たとえ相手に好かれていなかったとしても、一旦付き合い始めればこっちのもの、という気持ちが。それは当然のことながら、僕自身も例外ではなかった。とにかく、「彼女ができた」というちっぽけなプライドさえ満たせれば、相手がたとえ彼氏持ちだろうと僕には関係ない、という気持ちがあったということだ。

 ……今にして思えば、それは彼女にただからかわれていただけだったのだが。

「――ねぇねぇ、二人で何話してるのー?」

 そこへ、ウワサをされていた()()()が乱入してきた。
 篠沢商事に制服というものはなく、女性は基本的にオフィスカジュアルでも大丈夫なので、彼女は切込みの深いVネックのニットを着ていた。グラマーな彼女がかがむようにして僕たちの顔を覗き込んでいたので、僕は少々目のやり場に困った。

「……いや別に、野郎同士の話を少々。なっ、桐島?」

「ああ……、うん、まぁそんなところかな」

 その時はすでに終業時間を過ぎ、いわゆる〝アフター(ファイブ)〟に入っていたのだが。

「ふーん? ――ね、桐島くん。この後時間ある?」

「……えっ? うん、何も予定ないし大丈夫だけど……」