「そうですか、ちゃんと病院に行かれるんですね。それはよかった」

『うん。まだ安心はできないけど、とりあえずパパが病院に行く気になってくれただけでも一歩前進かな。アドバイスをくれたのが貴方だってことは言わなかったけど、言った方がよかった?』

 絢乃さんはまず第一関門を突破できたことに安心されたようで、次に僕が助言したことについてお父さまに話した方がよかったのか否かを確かめられた。心優しい彼女はきっと、説得がうまくいかなくてお父さまがご機嫌を損なわれた場合に僕が()()()()()を受けないよう、あえてそのことを伝えなかったのだと思う。

「いえ……まぁ、僕はどちらでもよかったですけど。絢乃さん、ご存じでした? お父さまは篠沢商事の社員や、篠沢グループの役員全員の顔と名前を記憶されてるんですよ。なので、今日会場にいたのが僕だということも気づかれていたはずです」

 あのパーティー会場で、僕が源一会長と直接言葉を交わすことはなかったが、彼の方は僕の顔を物珍しげにチラチラとご覧になっていたような気がする。「あれ、あんなに若い社員が来ているなんて珍しいな」という感じだったのだろう(ちなみに、会社では接点があった)。
 そのことを伝えると、絢乃さんはお父さまの並外れた記憶力に驚愕されていた。

「――それはともかく、絢乃さんは明日どうされるんですか? お母さまとご一緒に付き添いに?」

 僕がそう訊ねると、彼女は「パパのことはママに任せて、わたしは学校に行くことにした」と答えられた。お友だちに心配をかけたくないし、自分が一緒に行ってもかえって両親に気を遣わせるだけだから、と。まだ十七歳なのに、こういう時の判断がしっかりできるなんてスゴい人だなと思った。
 
 彼女はどうやら入浴前だったようで、電話口から(かす)かに水音も聞こえていた。もしや、室内にバスルームまで完備されているのか……!?
「お風呂に入るところだったから」と通話を終えようとしていた彼女に、湯冷めしないよう諭してから僕は電話が切れるのを待った。

 ――彼女は何度も僕に「ありがとう」を言っていた。けれど、〝ありがとう〟を言いたいのは僕の方だった。
 もう一度、女性を信じようという気を起こさせてくれて。そして僕を裏切らないでいてくれて。

「絢乃さん、ありがとうございます……」

 僕はスマホを見つめながら、前を向く勇気が湧いてくるのをひしひしと感じていた。