「――そんなことより、ちょっと不謹慎な質問をしてもいいですか?」
僕の訊ね方のせいか、絢乃さんはちょっと戸惑いながら「うん……別にいいけど」と答えた。僕にはそんなつもりはなかったのだが……、ちょっと反省。
「お父さまに万が一のことがあった場合、後継者はどなたになるんでしょうか」
彼女にお父さまの死を意識させないよう、あえて言葉を選び、オブラートに包んだ質問のしかたをした。でも、そんな僕の気遣いを察して下さったようで、彼女は不愉快な様子もなく少し考えてから答えて下さった。
「う~んと、順当にいけばわたし……ってことになるのかなぁ。ママは経営に携わる気がないみたいだし、わたしは一人っ子だから」
絢乃さんの祖父が会長職を引退された時、加奈子さんも後継者の候補に入っていたらしいという話は僕の耳にも入っていた。その当時、僕はまだ入社前だったので、聞かされたのは入社後に小川先輩からだったが。
加奈子さんも一人娘だったため、親族たちは加奈子さんが継がれるものだと思っていたらしい。が、彼女は教師という職を捨てる気がなく、彼女の婿だった源一氏が後継者となったのだという。
それでも、加奈子さんが「篠沢家」という経営者一族の現当主であることに違いはなく、経営に関わらずともその権力は絶大だった。教師としての威厳もプラスされていたのだろう。
絢乃さんの祖父がこの世を去られたのは、それから一年ほど後のことだった。引退を決意されたのも、心臓を悪くされていた奥さまに先立たれ、体調を崩されたからだそうだ。
ただ、そんな彼女ではなく入り婿の源一氏が会長に就任したことに、親族たちからの強い反発もあったようで。
「親戚の中には、パパが後継者になったことをよく思ってない人たちも少なくなかったなぁ。また揉めることにならなきゃいいんだけど」
ウンザリとジャケットの襟元をいじりながらそう言った絢乃さんに、僕も同感だった。
資産家の一族による後継者問題、いわゆる〝お家騒動〟というものは古今東西どこにも存在する。小説や映画、TVの二時間ドラマのテーマとして扱われることも多々あるが、こんな身近なところにまで転がっているとは(失礼!)思ってもみなかった。
「名門一族って、どこも大変なんですね……」
「うん……、ホントに」
彼女の頷きには、ものすごく実感がこもっていた。そりゃそうだろう。彼女は間もなく、その〝お家騒動〟のド真ん中に放り込まれるのだから。
だからこそ、僕はそんな彼女の力になりたいとこの時心に誓ったのだ。そのためには、もっと彼女のために動きやすい部署に異動しなければ――。
僕の訊ね方のせいか、絢乃さんはちょっと戸惑いながら「うん……別にいいけど」と答えた。僕にはそんなつもりはなかったのだが……、ちょっと反省。
「お父さまに万が一のことがあった場合、後継者はどなたになるんでしょうか」
彼女にお父さまの死を意識させないよう、あえて言葉を選び、オブラートに包んだ質問のしかたをした。でも、そんな僕の気遣いを察して下さったようで、彼女は不愉快な様子もなく少し考えてから答えて下さった。
「う~んと、順当にいけばわたし……ってことになるのかなぁ。ママは経営に携わる気がないみたいだし、わたしは一人っ子だから」
絢乃さんの祖父が会長職を引退された時、加奈子さんも後継者の候補に入っていたらしいという話は僕の耳にも入っていた。その当時、僕はまだ入社前だったので、聞かされたのは入社後に小川先輩からだったが。
加奈子さんも一人娘だったため、親族たちは加奈子さんが継がれるものだと思っていたらしい。が、彼女は教師という職を捨てる気がなく、彼女の婿だった源一氏が後継者となったのだという。
それでも、加奈子さんが「篠沢家」という経営者一族の現当主であることに違いはなく、経営に関わらずともその権力は絶大だった。教師としての威厳もプラスされていたのだろう。
絢乃さんの祖父がこの世を去られたのは、それから一年ほど後のことだった。引退を決意されたのも、心臓を悪くされていた奥さまに先立たれ、体調を崩されたからだそうだ。
ただ、そんな彼女ではなく入り婿の源一氏が会長に就任したことに、親族たちからの強い反発もあったようで。
「親戚の中には、パパが後継者になったことをよく思ってない人たちも少なくなかったなぁ。また揉めることにならなきゃいいんだけど」
ウンザリとジャケットの襟元をいじりながらそう言った絢乃さんに、僕も同感だった。
資産家の一族による後継者問題、いわゆる〝お家騒動〟というものは古今東西どこにも存在する。小説や映画、TVの二時間ドラマのテーマとして扱われることも多々あるが、こんな身近なところにまで転がっているとは(失礼!)思ってもみなかった。
「名門一族って、どこも大変なんですね……」
「うん……、ホントに」
彼女の頷きには、ものすごく実感がこもっていた。そりゃそうだろう。彼女は間もなく、その〝お家騒動〟のド真ん中に放り込まれるのだから。
だからこそ、僕はそんな彼女の力になりたいとこの時心に誓ったのだ。そのためには、もっと彼女のために動きやすい部署に異動しなければ――。