――その前に、僕の過去の話をしようと思う。過去に恋愛で負った、深い心の傷(トラウマ)の話だ。
 そのことがあって、僕は絢乃さんに出会うまでハッキリ言って女性不信に(おちい)っていた。もう恋愛なんてまっぴらゴメンだと思っていたのだ。


 今から二年くらい前になるだろうか。僕は一人の女性と交際していた。それを〝恋愛〟のカテゴリーに当てはめるかどうかは微妙なところだが。
 彼女は僕の同期入社組で、一緒に総務課に配属された仲間のうちの一人だった。ちなみに同期のほとんどは二年目から三年目の途中で辞めてしまい、今も総務課に残っているのは久保(くぼ)圭人(けいと)くらいのものだろう。……それはさておき。
 僕は彼女に好意を持っていた。そして、彼女はそれに見合うくらい魅力的な女性だったので(絢乃さんに比べれば〝月とスッポン〟だが。ちなみに絢乃さんが月である)、そりゃあもう男にモテていた。そんな彼女から見れば、僕なんて不特定多数のうちの一人に過ぎなかっただろう。

「……なあ久保。(おれ)にワンチャンあると思うか? 日比野(ひびの)と」

 僕は同期の中でいちばん親しかった久保とよくそんな話をしていた。僕が好意を寄せていた相手は日比野()(さき)という名前だった。

「さぁ、どうだろうな。あいつにとっちゃ、男なんて誰でも一緒だろ。なんかさぁ、すでに彼氏がいるらしいってウワサもあるし」

「えっ、マジ!? 相手、この会社のヤツか?」

「いや、社外の人間。合コンで知り合ったらしくてさ、どっかの大会社の御曹司(おんぞうし)らしいって」

「えーーー……、マジかよぉ。それじゃ俺にチャンスなんかないじゃんか」

 僕はそのことを聞いた時、とてつもない絶望感に襲われた。その当時で、もう大学時代から彼女いない歴四年を数えていたので、そろそろ次の春よ来い! な心境だったのだ。

「まぁまぁ、桐島。そんなに落ち込むなって。お前はまだいいよ。お父さん、銀行の支店長だろ?  確かメガバンクだっけ」

「あーうん、そうだけど。それがどうした」

「そこそこ裕福な家に育ってるじゃん? 自家用車(マイカー)で通勤してんだろ?」

「……ああ、まぁな。だから何だよ」

 何だか意味の分からない質問ばかり重ねてくる同期に、僕はしびれを切らした。
 まぁ、マイカー通勤をしていたのは間違いないのだが、学生時代にアルバイトをして貯めた自分の貯金で購入した軽自動車(ケイ)だった。

「だったらさぁ、日比野ちゃんにちょっとくらいは目ぇかけてもらえるんじゃねぇの? オンナは金があって、クルマ持ってる男に弱いっつうしさ」