――それから三十分ほど、僕と絢乃さんは美味しいケーキを食べながら他愛ない話をしていた。

「――ねぇ、桐島さん。こういう個人的なパーティーを会社の経費でやるのってムダだと思わない?」

 お父さまのお誕生日祝いだというのに、絢乃さんの感想は率直で辛口だった。

「どう……なんですかね? 僕はそんなこと、気にしたことありませんでしたけど」

 僕も素直に答えた。社会人になってから毎年、ずっと当たり前のように行われてきたので、僕も何となく「そういうものなのか」と当然のことのように受け入れていたのだが、当たり前ではなかったのだろうか?

「このお祝いの会ってね、元々は有志の人たちがお金を出し合ってやってたらしいの。それがいつの間にかこんなに大げさなことになっちゃって、しまいには貴方みたいなパワハラの被害者まで出ちゃう事態になっちゃってるんだよね」

「へぇ……、そうなんですか。知りませんでした」

 実は本当に初耳だった。有志のメンバーだけで始めたお祝いの会がここまで大規模なものになるくらい、源一会長は人望に厚い人だったということだろう。役員になる前も営業部のエースと言われていたらしいし(これは小川先輩からの情報だ)。

「だからね、わたしが将来会長になった時は、思い切って廃止しちゃおうかなぁって思ってるの」

「……そうなんですか?」

「うん。わたし、大勢の人から大げさに誕生日祝ってもらうの、あんまり好きじゃないから。『おめでとう』の一言だけ言ってもらえれば十分。プレゼントは……まぁ、もらえるものなら嬉しいかな」

「なるほど……」

 この時の僕は、その方がいいだろうなと思う程度だった。まさか、それがあんなにすぐ現実になるとは思ってもみなかったからだ。

「……桐島さん、ケーキ美味しそうに食べるねー。わたし、スイーツ好きの男の人って好きだよ」

「…………えっ? そ、そうですか?」

 絢乃さんから天使の微笑みでそう言われた僕は、思わずドギマギした。

「うん。なんか親しみ持てる。お酒ガバガバ飲む人よりずっといいよ」

「はぁ、それはどうも……」

 僕はどうリアクションしていいか困った。これは褒められているのだろうし、絢乃さんが好意的に僕を見て下さっていることは分らなかったわけじゃない。
 でも、日比野のことがあったせいか、つい勘ぐってしまうようになっていたのだ。女性が何気なく言った言葉の裏に、何かあるのではないかと。
 だからハッキリ言って、この時は絢乃さんの言葉も信じられなかった。彼女は裏表のないまっすぐな女性なのに――。