――絢乃さんと初めて交わった翌朝。僕が目を覚ますとベッドに中に彼女の姿はなく、代わりにキッチンから何やら水音がしていた。……ん、キッチン? ユニットバスじゃなくて?

「おはよ、貢。コーヒー、淹れようと思って」

 ベッドから出てキッチンへ行くと、キレイに身支度を済ませていた彼女はケトルでお湯を沸かそうとしていた。前夜のことがまだ鮮明に残っていたせいか、ちょっと気まずそうにされていた。

「……ああ、おはようございます。コーヒーなら僕がやりますよ」

「あ、ありがと……。じゃあわたし、朝ゴハン作ってあげようかな。トーストと……ベーコンエッグでいい?」

 彼女は冷蔵庫を開け、中の食材を確かめながらそうおっしゃった。
 その頃には僕も朝食など簡単な料理くらいはできるようになっていたので(これも兄弟の血筋のせいなのだろうか)、必ず何かしらの食材は入っていた。

「はい、それで大丈夫です。……あの、絢乃さん」

「ん?」

「体、大丈夫ですか? 腰とか股関節とか」

 女性は初めての性交渉のあと、体を痛めることがあるらしい。僕にはそれが心配で、それと同時に僕のせいでそうなってしまったのではという申し訳ない気持ちもあった。

「大丈夫だよ、何ともない。……もしかして貢、責任感じてるの?」

「……えっ?」

 食パンを二枚オーブントースターにセットし、ベーコンエッグを焼きながら絢乃さんはまるで母親みたいにこうおっしゃった。

「貴方は何も悪いことしてないでしょ? そんなことでいちいち責任感じてたら胃に穴開いちゃうよ?」

「…………はぁ」

「だから、貴方は何も気にしなくてよろしい。……これからもよろしくね」

「はい」

 
 ――二人で座卓を囲み、朝食を摂る。神戸出張の時にも同じようにしていたのに、前夜にベッドで抱き合っていたというだけであの時とは違う甘い空気が二人を包んでいるような気がした。


   * * * *


 絢乃さんが生まれて初めての朝帰りをした数日後、篠沢家の喪が明けた。
 そしてそれから約二ヶ月後の三月。絢乃さんは無事に初等部から十二年間通われた茗桜女子学院を卒業された。
 卒業式の日には、加奈子女史が篠沢商事の会社そのものを一日休みにされた。

「卒業式の日は、絢乃会長の新たな出発の日になるんだもの。社員一丸となってお祝いするのは当然のことでしょう?」

「ママ……、何もそこまでしなくても」

 お母さまにそう提案された時、絢乃さんは呆れておられた。でも、僕は親子のそんな微笑ましい光景をみることができて、実はちょっと楽しかった。