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絢乃さんとの結婚の意思を固めて間もない日の仕事帰り、僕は思いがけず日比野美咲と再会した。いや、結婚していたから苗字は変わっていたが。
「――桐島くん?」
「日比野……いや、今は違うか。美咲って呼ばないとダメかな」
「ううん、別にいいよ」
彼女はセレブ妻になったはずなのに、ちっとも幸せそうに見えなかった。結婚生活がうまくいっていなかったのだろうか?
立ち話も何なので、彼女とはファミレス(兄の店ではない)で話すことにした。僕のクルマの中で、二人きりで話すなんてまっぴらゴメンだったし。
「――あの……ね、あたし、離婚したの」
「えっ、もう!? だって、まだ一年半も経ってないだろ?」
いきなりの爆弾発言に、僕は飲んでいたガムシロップ少なめのアイスカフェオレを噴き出しそうになった。
「うん。でもダメだったんだ。あたし、セレブ妻には向いてなかったみたい。子供もできなかたったし、お姑さんのイヤミ攻撃にも耐えられなくなって」
「あー……、なるほど」
男に媚びることしかしてこなかっただろう彼女ならそうだろうな、と僕は妙に納得できた。
「というわけで、あたしまた独身に戻ったの。だから……桐島くん、あたしたちまた付き合わない? 今度は桐島くんが本命だよ。どう?」
「悪いけど俺、結婚したい相手がいるから。男あさりたいなら他のヤツ当たって」
あまりにも勝手すぎる美咲の言い分に、僕はブチ切れた。この女は僕の気持ちなんてちっとも分かっていないのだ。
「え……結婚するの? 相手はどんな人?」
「篠沢絢乃さん。今の篠沢グループの会長だよ。俺いま、彼女の秘書なんだ。で、二月からお付き合いしてる。彼女はまだ高校生だから、結婚するのは卒業後になると思うけど」
彼女に口を挟まれるのはムカつくので、一気にまくし立てた。
「そっか、会長さんと……。それって逆玉ってヤツ?」
「逆玉なんか狙ってねぇよ。俺、本気だから。こないだも両親に会って頂いた。――彼女は俺の過去なんか気にしない、過去なんかなかったことにしてあげるって言って下さったんだ。だから俺も、美咲とのことにそろそろ決着つけたい。彼女のためにも」
「……………………分かった! もういいよ、もう桐島くんには会わない! あ~~、声かけるんじゃなかった! せいぜい可愛い会長さんと仲良くすれば!? お幸せにっ!」
美咲はイライラと捨て台詞を吐きながら、店を出て行った。おかげで会計は僕が二人分するハメになったが、そんなことはまったく気にならなかった。
何はともあれ、僕はこうして過去の苦い恋愛と決別することができたのだった。