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絢乃さんの桐島家訪問が実現したのは、その週の土曜日だった。
「――じゃあ俺、絢乃さんをお迎えに行ってくるから」
「行ってらっしゃい、貢。お母さん、今日はウチのキッチンで、絢乃さんと一緒にお料理しようかしら」
午後三時ごろ、雨の降る中僕を送り出そうとしていた母の言葉には、息子の恋人への願望が込められていた。
「あー、うん。そうなるといいね、母さん」
僕もそうなってくれたらいいなと思った。僕の母と絢乃さんは相性がよさそうなので、良好な嫁姑の関係が築けると思う。絢乃さんがお嫁に来てくれるわけではないが。
そういえば、日比野を両親に紹介したことはなかった。二股をかけられていたから、紹介しづらかったというのもある。
この日、絢乃さんは可愛いワンピースの上からオフホワイトのカーディガンを羽織り、足元は真っ白なサンダルという爽やかなスタイルだった。そういえば、豊洲に行った時には珍しくパンツスタイルだったっけな。
クルマの中で、母が彼女と一緒に料理したがっていることを伝えると、「桐島家の一員になれるみたいで、わたしも楽しみ」と顔を綻ばせておられた。やっぱり彼女と母は気が合いそうだと思い、僕も嬉しかった。
でもそのためには、僕の中にある過去への蟠りを早く清算してしまわなければ……。
途中のパティスリーで手土産のいちごショートを五個購入し、桐島家で僕の両親に挨拶する絢乃さんはさしずめ結婚の挨拶に来たようだった。
早番で出勤していた兄も夕方には(それも、みんなでケーキを頂いていた時だ)帰宅し、夕食の準備は母と絢乃さんの二人ですることになった。
「――貢、お前は手伝ってやらなくていいのか?」
キッチンでの手伝いを申し出てあえなく断られたらしい兄が、リビングで父と一緒にTVを観ていた僕にそう言った。
「いいよ、俺は。どうせジャマになるだけだし。嫁姑の二人きりにしてあげた方がいいかな、と思ってさ」
きっと女同士でしか話せないこともたくさんあるだろう。まさかその時に、母が絢乃さんに僕のトラウマのことを暴露していたとは思わなかったが。
一緒にきのこデミグラスソースのハンバーグの夕食を囲んでいた時、絢乃さんの目が少し赤くなっていたことが僕は気になっていた。もしかして、僕のために涙を……?
帰りの車内でそれとなく訊ねてみると、そのとおりだった。僕のために心を痛めて下さるなんて、絢乃さんは本当に心のキレイな人だ。彼女となら生涯を共にしていけると、僕は心から思えた。