――それからまた一ヶ月間、僕は絢乃さんからの逆プロポーズの返事を延ばし延ばしにしていた。
 その間に絢乃さんの学校は衣更えをして、僕は彼女の夏服姿を初めて見た。

「それが夏服ですか。可愛いですね。よくお似合いです」

 さすがは名門お嬢さま学校だけあって、夏服もオシャレだった。少しピンクがかった半袖のブラウスに白地に赤のタータンチェック模様が入ったプリーツスカート、それに冬服と同じ赤いリボン。僕が通っていた公立高校のダサい夏服とは雲泥(うんでい)の差である。

 それはともかく、僕は絢乃さんとの結婚に向け、どうやったら過去のトラウマ――日比野美咲とのことに終止符を打てるのか、そればかり考えていた。
 あれを僕自身は〝恋愛〟としてカウントしていないが、僕の家族――とりわけ母はあの失恋に当人である僕以上に心を痛めており、何かと僕を気遣ってくれていた。そのため、僕にちゃんとした恋人ができるのか、僕が結婚できるのかといつも心配していたのだが。

「――母さん、俺さ、今お付き合いしてる人がいるんだ」

 そんな母を安心させたくて、僕はある日の夜、実家に電話した。絢乃さんとお付き合いしていることを報告するために。
 いや、もっと早く報告しろよと言われそうだが、これも僕の方で覚悟が決まらずにズルズルと先延ばしになっていたのだ。……もっとも、兄から先に聞いていただろうが。
 すると母は「どんな女性なのか紹介してほしい」と言ってきて、絢乃さんとウチの両親を引き会わせることになった。

 翌日の勤務中、その話を絢乃会長に切り出すと、最初はプロポーズの返事を聞けると期待されていたらしい彼女は拍子抜けされていたが。

「いいよ。わたしも、貴方のご両親には一度お目にかかりたいなって思ってたから」

 そう快諾され、僕の実家を訪れる日程まで決めて下さった。「サプライズ訪問の方がいいか」という小ボケも挟みつつ。
 そういえば、僕は絢乃さんのご両親のことを――お亡くなりになったお父さまも含めて――よく知っていたが、彼女を兄以外の僕の家族に会わせたことがなかったので、これは不公平だなと思っていた。

 その後、痺れを切らしたらしい彼女から、僕が結婚に踏み切れない理由が僕自身にあるのではないかとズバリ指摘され、僕はショックを受けた。心の傷は思っていた以上に深く、まだカサブタにすらなっていないのだと。
 そのせいで絢乃さんを謝らせてしまったが、彼女は何も悪くなかった。悪いのは、いつまでもあんなことをウジウジ引きずっていた僕の方だった。