お前はそんなことにも気づかなかったのか、と兄は続けた。何か「超がつく鈍感」と言われたような気がしてムッとしたが、鈍感……なのだろうか。

「……まぁ、とにかく家ん中入れよ。親父とお袋、リビングにいるから」

「うん……」

 いつまでも玄関でグダグダやっているわけにもいかないので、スリッパに履き替えて家に上がった。

「…………そういえば兄貴、彼女いるって何で言ってくんなかったんだよ? そのせいで俺、兄貴に妬いちまったじゃん」
 
 廊下を歩きながら、僕は兄に不満を漏らした。もっと早くにその情報を聞いていたら、あんなにヤキモキする必要もなかったのに。

「妬いた、って……。彼女のことは、そのうち話すつもりでいたんだよ。それに、絢乃ちゃんはお前のことしか眼中にないって分かったしさ。そこが一途で可愛いなってオレ思ったんだ」

「…………あっそ」 

 どうやら兄は本当に絢乃さんを口説くつもりがなかったらしいと分かり、とりあえず安心した。

「ところで、彼女のことはどのタイミングで話すつもりだったんだ? まさか(はら)ませ婚の報告するつもりじゃないだろうな?」

「〝孕ませ婚〟ってお前、勝手に言葉作ってんじゃねぇよ」

 兄はこの時呆れていたが、実際にこの約一年後、その彼女と授かり婚をした。僕はある意味、予言者なのかもしれない。


   * * * *


「――おはよ、桐島くん。最近、会長がなんかすごくキラキラしてるねーって社内でウワサになってるよ。彼氏でもできたんじゃないか、って」

 三月に入ったある日の朝。僕が出社すると、秘書室で小川先輩が何だかはしゃいでいた。

「おはようございます、先輩。――室長も、おはようございます」

 以前、室長に挨拶するのを忘れたことがあったので、ついでで申し訳ないと思いつつ挨拶をしてから先輩の話に乗った。

「……そりゃ、まぁそうでしょうけど。まさか先輩、その彼氏が俺だって言いふらしたりしてないでしょうね!?」

 僕は小声で先輩に詰め寄った。当時、僕と絢乃会長の関係を知っているのは彼女だけだと僕は思っていたのだ。

「そんなことするわけないじゃない。……ああでも、社長と専務と室長はどうもご存じみたいよ」

「えっ、なんでですか!?」

 先輩の爆弾発言に、僕は目を剥いた。我が社のトップ3がどうして知っているんだ!?

「社長と室長はどうも、山崎専務から聞いたらしいのよ。ほら、先月、会長が専務に何かお願いされたでしょ? それで、専務はピンとこられたらしいの。『これはもしかして、会長が桐島くんのこと好きだからなんじゃないか』って」