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――僕たちはオフィスではあくまでも会長と秘書という距離感を保ちつつ、仕事から離れればカップルとして一緒に過ごす時間が増えた。
たとえば退社後。交際を始める前には、僕は絢乃さんをまっすぐお家まで送り届けるだけだったが、交際スタート後には一緒に夕食を摂ってからお家までお送りするようになった。支払いは毎回、絢乃さんがして下さっていた。僕から割り勘を提案したことも何度かあったのだが、「まぁ、いいからいいから」と断られていた。
絢乃さんにしてみれば、一般的なサラリーマンで懐事情もよく知っている僕にたとえ半額でも支払わせるのは忍びなく、ご自身が全額支払う方がいいとお思いだったのだろう。彼女は現金もかなりまとまった額が毎日おサイフに入っていたようだし、加奈子さん名義のクレジットカードの家族カードもお持ちだったので、ちっとも懐が痛むことはなかっただろうが、毎回ごちそうしてもらうのも男の沽券に関わるので正直心苦しくもあった。いつか、僕がごちそうする側になれたら……と密かに思っていた。
そして週末には、土日のどちらかで二人の都合が合えばドライブデートにも行くようになった。
行き先はお台場など東京都内がほとんどだったが、時々は埼玉や横浜方面まで足を延ばすこともあり、それらの行き先はすべて絢乃さんのリクエストだった。
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――兄には、絢乃さんと交際を始めたことをその日の夜に報告した。
「ただいま。遅くなってゴメ…………、兄貴!?」
実家の玄関ドアを開けると、母が出迎えてくれるのかと思いきや、そこに立っていたのは兄だった。
「おかえりー、貢♪ 遅かったじゃん。晩メシ済ませてきたのか?」
「あー……、うん。絢乃さんのお家でごちそうになってきた」
「ほうほう、絢乃ちゃん家でか。ってぇと、つまり?」
兄が何を訊きたがっているのか、僕にはすぐにピンときた。絢乃さんとどうなったのか、キューピッド役を買って出た身として知りたかったのだろうと。
「……俺、今日から絢乃さんと付き合うことになったから」
「おー、そっかそっか! よかったじゃん! おめでとう、貢!」
僕の報告を聞いた兄は、してやったりという顔でそう言った。何だかんだで、可愛い弟にやっと彼女ができたことが嬉しかったようだ。
「うん、ありがとな、兄貴。……なぁ、絢乃さんに何言ったの?」
「…………別に、何も? オレが何かしなくても、お前と絢乃ちゃんは最初っから両想いだったんだよ」