その一方、兄の私服姿はどこへ行く時にも(出勤時でさえ)カジュアルスタイルだ。冬場はだいたいダボッとしたトレーナーにカーゴパンツか色褪せたデニム、その上からダウンジャケット。もう三十になるんだから、もうちょっと何とかならないのかよというのが弟の感想である。

「うん。カジュアルっていうか、ちょっとルーズな感じ? でも、出勤の時まであれって社会人としてどうなんだろう?」

 絢乃さんにその話をすると、僕と共通したそんな疑問が出てきた。兄はいい加減、周りからどういうふうに見られているかを自覚すべきである。こと女性は、けっこうシビアな目で見ているものだから。

「飲食チェーンですし、制服があるから大丈夫なんじゃないですか。あれできちんとTPOはわきまえてるんですよ」

 でも一応、弟としてそこはフォローを入れておいた。が、僕の口調が若干不機嫌になっていたのは、絢乃さんが兄から何を言われたのか気になって仕方がなかったからだ。僕の前日の様子を一体どんなふうに彼女に吹き込んだのか気が気ではなかった。
 だいたい、兄が僕のいないところで絢乃さんと話していたこと自体気に入らなかった。今にして思えばこれも嫉妬だったのだろうか? だとしたら俺、めちゃめちゃ器の小さい男だな。

「あのね、桐島さん。もしかして、お兄さまにヤキモチ焼いてる? だとしたらホントに心配いらないからね? お兄さま、彼女がいらっしゃるらしいから」

 そんな僕の気持ちを、絢乃さんにはバッチリ見透かされていた。……というか何だって? 兄に彼女? おい待て、俺そんなこと聞いてないぞ!

「彼女、いるんですか? ……何だよもう、兄貴のヤツ! 話してくれたっていいのに、水臭い!」

 そのせいで余計な心配しちまったじゃねえか。一人で勝手に嫉妬して、めちゃめちゃみっともないじゃん、俺。……と独り言を言っていたつもりが絢乃さんの耳にも入ってしまっていたようで、僕を見つめる彼女には「すみません」と小さくお詫びを言った。
 こんな素の自分丸出しの僕をご覧になって、絢乃さんはどう思われたのだろう? 今度こそ幻滅されたかもしれない。こんなカッコ悪い自分を見られたくなかったのに……。
 そんな心配をしながら彼女の顔をチラリと横目で見ると、彼女は何だか楽しそうに笑っていた。もしかしたら、僕はまったく的外れな心配をしていたのだろうか……。