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「――ところで、どこに行きますか?」

 僕は絢乃さんがシートベルトを締めるのを見届けながら、行き先を訊ねた。こうしてプライベートで彼女とドライブをするのは初めてだったので、どうせなら思い出というか記念に残りそうな場所に行きたいと思った。

「う~ん……、じゃあ久々にあのタワーに行きたいな」という答えが返ってきたので、隅田川方面へクルマを走らせることにした。「あのタワー」とは他でもない、その二ヶ月半ほど前に訪れた高さ世界一の電波塔のことである。

「――そういえば、会社の往復以外にこうやって桐島さんのクルマでおでかけするの、久しぶりだよね」

 彼女がしみじみとおっしゃったので、僕も気がついた。絢乃さんが会長になられてから、二人でドライブらしいドライブをしていなかったのだということに。それまでは色々な場所へお連れしていたというのに。
 秘書として送迎を依頼された手前、出社時はともかく退社後は一分一秒でも早くお家へお送りすることが僕の使命だと思い込んでいて、途中でどこかへ寄り道する余裕なんてなくなっていたのだ。「これは仕事だから」と四角四面に考えてしまっていたせいだろう。

 それに、彼女がボスになってしまったために、部下である僕がプライベートでも彼女をお誘いすることが難しくなったというのもあった。……多分これは、逃げ腰な僕の言い訳でしかないのだろうが。
 本音は多分もっと別のところにあって、オフィス以外の場所で二人きりになったら、僕は彼女に対する男としての部分が抑えきれなくなると思ったからだろう。

「そうですね……。もう二ヶ月ぶりくらいになりますか? あれから僕と絢乃さんとの関係も変わってしまいましたからねぇ。僕もおいそれとお誘いすることがためらわれてしまって」

「わたしは別に何も変わってないよ? だから貴方も、自分の立場がどうとか気にする必要ないんだよ」

 そう、彼女は何も変わっていない。立場云々勝手に気にしていたのは僕の方で、彼女を相手に暴走して醜態を晒したくなかっただけだ。まだ、絢乃さんが僕のことをどう想って下さっているのか知らなかったから。
 僕は「……はぁ」と頷いたものの、すぐには変われないだろうなと思った。絢乃さん、こんなアタマの堅い男ですみません。

 そういえば、お互いの私服姿を見たのはクリスマスイブ以来だった。
 僕は家にいる時にはスウェットの上下などラフな格好だが、絢乃さんと知り合ってから外出着はちょっとオシャレ度が増した。というか小川先輩のおかげでもあるのだが、男だって本気で恋をしたら服装や身だしなみに気を遣うようになるのだ。好きな女性に「ダサい男だ」と思われたくないから。