「……会いたいなぁ」

 どの(ツラ)さげてと言われそうだが、無性に彼女に会いたくなった。
 僕がこんなにも心から惹かれた女性は、絢乃さんが本当に初めてだった。彼女に出会ってから、どんな時にも頭に浮かぶのは彼女の笑顔だけだった。
 いくら女性不信だと口で言っていても、自分の心にウソはつけない。僕は絢乃さんのことなら信じられる……、いや、信じようと決めたのだ。彼女は僕が信用するに値する女性だから。心から愛せる人だから。
 ただ、拒まれたらどうしようという恐怖心から、自分から連絡を取る勇気は出なかった。


   * * * *


 ――そんな愛しの絢乃さんか電話がかかってきたのは夕方四時半ごろ、僕は市谷(いちがや)のカフェにいた頃だった。

「…………ん、電話? 絢乃さんから……マジか」

 スマホの画面を確かめた僕は、信じられなくて思わず表示された名前を二度見した。
 会長に就任されてから、絢乃さんとのやり取りは主にメッセージアプリだった。そんな彼女からの電話はレアだったが、レアだからこそ僕は不安を募らせた。

「まさか、クビ宣告の電話……とかじゃないよな」

 もう僕の顔を見たくないから電話にしたとか? だとしたら最悪の事態である。が、常識で考えて、休日である土曜日にそんな連絡をするだろうか?
 でもボスからの電話だから出ないわけにもいかず、そして僕自身が彼女と話したいという気持ちもあったので、僕は通話ボタンをスワイプした。 

「――はい。絢乃さん、どうされたんですか? お電話なんて珍しいですね」

 どんな用件か予想がつかずにビクビクしていたので、僕の声は若干震えていたかもしれない。

『桐島さん、お休みの日にごめんね? 今、どこで何してるの?』

 そう言った彼女の声は穏やかで、どう聞いてもクビ宣告をする悪魔の声には聞こえなかった。どうやら僕が怯えすぎていただけだったらしく、ホッとした。

「今は……市谷ですかね。今日は朝から都内のカフェ巡りをしていたんです。ちなみに、僕が会社でお出ししているコーヒーの豆も、実家近くのコーヒー専門店から仕入れてるんですよ。……っと、長々と失礼しました」

 安心した僕はつい熱く語ってしまい、ついでのように実家近くのコーヒー専門店の宣伝までしてしまった。これで何度、好きになった女性や歴代彼女にドン引きされたことか。
 そんなことよりも、前日の暴挙について詫びるべきじゃないのかと思ったが、電話で謝ったとて誠意が伝わらないだろうと思い直した。