* * * * 


 ――その日の退社後、ついに僕は暴走してしまった。絢乃さんへの気持ちが抑えきれなくなってしまったのだ。

 彼女が無邪気に、久保の分のチョコを用意し忘れたなんて言うものだから、思わずイラっとなってしまったらしい。この人も他の女と同じなのか、男なんてみんな同じだと思っているのかと。
 そりゃ、絢乃さんは恋愛初心者だし、男心をよくご存じないのも仕方ないと僕も分かっているが、ここまで鈍感だとは思っていなかったからイラっときたんだろうと今は思う。

「……絢乃さんって、まだお気づきになっていないんですか? だとしたらかなり鈍感ですよね」

「…………えっ?」

 戸惑う彼女の唇を、僕は衝動的に、そして強引に奪ってしまった。それが彼女のファーストキスだと分かっていながら、だ。彼女が本当に僕のことを好きなら怒られはしないだろう、という計算も働いていたかどうか。
 
「……これでも、まだお分かりになりませんか? 僕の気持ちが」

 僕の苛立ち紛れの問いに、彼女はすぐに理解が追いつかない様子だった。……というか、何やってんだ俺! こんな告白の仕方、違うだろ! そりゃ、彼女だって困って当然だ。
 彼女が戸惑いながら、「これがわたしのファーストキスだって、あなたも知ってるよね?」と訊ねてきたが、ただ戸惑っているだけなのか怒りの感情も混ざっているのか僕には判断がつかなかった。

「はい、知っています。それから、絢乃さん。あなたが僕のことをどう思われているのかも」

「……………………ええっ!?」

 僕だけのために手作りされたチョコと、義理チョコをたくさんもらった僕に対する傷付かれた様子から、すでに僕は確信を持っていた。小川先輩も言っていたとおり、彼女は僕のことが好きなのだと。

「…………あああの、ゴメン! わたし今、頭混乱しちゃっててどう言っていいか分かんない。……えっと、ちょうど週末だし、明日と明後日で頭冷やすから、今日はこれでっ! また来週ね! おっ、お疲れさま!」

「…………はぁ、お疲れさまでした」

 彼女は混乱からかお怒りからか、あちこちに視線をさまよわせ、結局僕の顔をまともに見ようとしないままバタバタとクルマを降りて行ってしまわれた。


「――……………………はぁ~~~っ、ホントに何やってんだよ俺は……」

 僕は自分が情けなくて、その場で運転席に突っ伏した。
 こんな展開、僕自身も望んでなんかいなかった。せっかく彼女と両想いになれるチャンスを、みすみす自分の手で潰してしまうなんて僕はバカだ。

「終わった…………」

 頭の中で、チーンと仏具のお鈴が鳴った気がした。