「絢乃会長って、お菓子作りが得意なんだってね。じゃあ、もしかしたら手作りチョコとか考えてらっしゃるかもよ?」

「…………いや、どうでしょうか」

 僕はお茶を濁す意味で首を傾げた。先輩の言葉を疑ったからではなく、本当にどちらか分からなかったからだ。
 絢乃さんは会長に就任されてからというもの毎日お忙しく、手間暇のかかる手作りチョコなんぞに()いている時間なんてないんじゃなかろうかと思ったのだ。

「分かんないよー? 高校生ならテスト期間っていうのもあるし、あたしたち社会人より時間に余裕があったりするから。まして、好きな人のためなら尚更だね」

「……………いやいや、まっさかー」

 僕は笑いながら軽く否定したが、少しくらいは期待する気持ちもあったかもしれない。それに、まさかこの翌日、絢乃さんと里歩さんが同じ話題で盛り上がるなんて思いもしなかったのだ。

「――ところで、先輩の方はどうなんですか? ちょっとは新しい恋、する気になりました?」

 言われっぱなしも悔しいので、僕は逆襲のつもりで先輩に恋愛の話題をお返しした。

「どう、って言われてもなぁ。あたし、そんなに早く気持ちの切り替えできないもん。今は仕事に燃えてるの。社長があたしのことすごく気遣って下さってね」

「まさか今度は社長に……とか」

「それだけは絶対にないから。っていうか桐島くん、あたしのことナチュラル不倫体質だと思ってない?」

 ほんの冗談で言ったつもりだったのだが、思いっきり睨まれた。

「いや、そんなことないっすよ。冗談ですって」

「…………どうだかねー。でも、前田くんとはたまにゴハンに行ったりしてるよ。あくまで友人としてね」

「そっすか」

 前田さんの話をしているとき、先輩は嬉しそうだった。
 男女間の友情から恋に発展することもある。大切な人との永遠の別れを経験した先輩には、幸せになってほしいと僕は心から願ってやまない。


   * * * *


「――じゃあね、桐島くん。お疲れさま。もっと自分に自信持ちなよ?」

 店を出たところで、僕は先輩から謎の励ましを受けた。

「ごちそうさんでした。……って、何がっすか?」

「たとえテンプレから外れてても、あなたと絢乃会長の関係は立派なオフィスラブだから。『自分はどの型にもはまってない』なんて落ち込む必要ないのよ」

「…………ああ、そういうことか。そうっすね。先輩、あざっす!」

 これは先輩なりの、僕への慰めであり励ましだったらしい。テンプレに囚われることなく、僕なりのオフィスラブを目指していけばいいんだということが言いたかったんだと思う。