「でも、会長が俺のこと好きかもしれない、っていうのは納得できるかもなぁ。――今日、会長のところに〈Sコスメティックス〉から春の新作ルージュのCM出演オファーが来たんですけど、会長お断りになったんすよ」

 僕はお冷やで口の中のモゴモゴを流し込んでから、先輩にもあの話を切り出した。

「ん? どうして?」

「今度のCM、キスシーンがあるらしくて。『ファーストキスは絶対に好きな人としたいから』っていうのがその理由だったんすけど、その時に俺の顔をじっと見つめられてた気がして……。あ、もしかしたら俺の勝手なうぬぼれかもしんないんすけどね」

 ハハハ、と照れ笑いなどしつつ、僕はまたチーズ牛丼を匙ですくった。

「……いや。桐島くん、それってあなたのうぬぼれなんかじゃないと思うな。会長は間違いなく、あなたのこと好きなんだよ」

「…………へっ? どうしてそういう結論になるんすか?」

 僕は匙を(くわ)えたまま、先輩に思いっきりアホ面を晒してしまった。これで相手が気心の知れた小川先輩だったからまだよかったが(お互いに異性だと思っていないし)、こういうところではイマイチ決まらない男・桐島貢である。

「だってさぁ、好きでも何でもない異性に、わざわざそんなこと言う必要あると思う? あなたのことを意識してるから、会長もあなたにそんなことおっしゃったし、あなたの顔をじーっと見てたのよ。『その相手はあなたなのよ」っていうメッセージを込めて」

「…………なるほど」

 かつて絢乃会長のお父さまに不倫すれすれの恋心を抱いていた小川先輩が言うと、何とも言えない説得力がある。彼女も同じように、源一会長のことを見つめていたのだろうか。

「っていうか、桐島くんと絢乃会長の関係って究極のオフィスラブだよね。まぁ、立場が思いっきり逆転しちゃってるけどさぁ。……あー、それでさっきのあのボヤキか」

「……………………」

 食べる手を止めもせず、いけしゃあしゃあと言ってのけた先輩を、僕はジト目で睨んだ。反論したいが痛いところを衝かれていたので何も言えないのが悔しい。

「でも、もうじき絢乃会長のホントの気持ち、分かっちゃうんじゃない? ほら、もうすぐバレンタインデーだし」

「……あ。そういえばそうっすね。すっかり忘れてました」

 ――バレンタインデーか。僕もスイーツ好きではあるので苦に思ったことはない。
 まぁ、自覚はないがまあまあモテるので、毎年チョコレートはドッサリもらっていた。……全部義理だが。