「なんでこういう小説に出てくる男って、Sとか上司って大体相場が決まってんだよ……。俺、どれにも当てはまってないじゃんか」

 手に取った本のページをパラパラめくっては、グチをこぼす。
 僕はどちらかといえばSよりMだと思うし、絢乃さんが上司で僕は部下である。オフィスラブものの王道からは完全にズレていたのだ。

「――聞こえたわよ~、桐島くん」

「…………ぬぉっ!? せっ、先輩! こんなところで何してんすか!」

 フッフッフッという笑いとともに聞こえてきた声に、僕は飛び上がった。

「失礼な。あたしだって本くらい読みますぅー。っていうか、あなたこそこんなところで何してるの?」

「あー……えっと、ちょっとオフィスラブの参考までに……」

「別に男がこういうの読んだって、あたしには偏見なんかないからいいけど。もっとムフフ♡ な展開を期待したいなら、あたしのおススメはこっちのレーベル」

「だぁーーーっ!? ちょっ……センパイ!?」

 彼女が面白半分に棚から取り出した本を、僕は引ったくって吠えた。それはよりにもよって、女性向け恋愛小説の中で最も内容が濃厚な〝TL〟といわれるジャンルのレーベルのものだった。

「……これはいくら何でも生々しすぎますって。俺にはムリっすよ」

「でしょうねぇ。分かってるって、冗談だから。からかってゴメン」

 先輩は僕から返された本を棚に戻し、申し訳なさそうに肩をすくめた。

「にしたって冗談キツいでしょ。俺の悩みを知っていながらあんなの勧めるなんて」

「だから謝ってるでしょ。――そんなことより、絢乃会長をお送りした帰り?」

「はい、そうっすけど」

「じゃあゴハンまだでしょ? あたしが奢ってあげるから、一緒にどう? すぐそこの牛丼屋さん」

 どうしようかと迷っていると、僕の腹がグゥゥゥ……と鳴った。

「決まりみたいね。じゃあ行こ」


 牛丼チェーンに入り、それぞれ特盛チーズ牛丼と並盛豚丼+温玉サラダセットを注文した僕らは(どちらがどちらの注文したメニューかは想像がつくだろうと思うが)窓際のテーブルに向かい合って座った。

「――で、絢乃会長との関係はどう? 進展ありそう?」

 先輩にそう訊かれ、僕は食べる手を止めて彼女を睨んだ。

「先輩、その質問は俺には苦にしかならないです」

「そうだよねー、桐島くんって女性不信だもんね。愚問だったか。……でもさぁ、絢乃会長が相手ならあなたも大丈夫だと思うけどな」

「……俺もそう思います、けど」

 確かに先輩の言うとおりで、絢乃さんは純粋でまっすぐな人だから、もし僕に好意を持っておられたとしてもそれは疑いようもなく本心なのだろう。
 ……と、頭では理解できているのだが。心の方はそうもいかない。やっぱり、()()()()が僕に植え付けたトラウマは相当根深いようだった。