後ろからポンと肩を叩かれ、振り向くとそこに立っていたのはセミロングの髪にウェーブをかけた、パンツスーツ姿の女性だった。
 こういう席で、女性がビジネススーツ姿でいると目立つ。加奈子夫人でさえ、ドレッシーないで立ちをしていたというのに。

()(がわ)先輩! お疲れさまです」

 彼女は会長秘書を務めていた小川(なつ)()さん。僕の二つ年上で、同じ大学の二年先輩だった。
 なかなかの美女で面倒見もいいが、色気はあまりない。ノリが体育会系なせいだろうか。そして僕も、彼女を恋愛対象として意識したことはまったくない。

「あ、分かった。また島谷さんの嫌がらせでしょ! あの人にも困ったもんだよね」

「…………あー、はい」

 またもや図星を衝かれ(今度は小川先輩にだ)、僕はコメカミをボリボリ掻いた。

「桐島くんもさぁ、イヤなら断ればいいのに。ホイホイ言いなりになってるから向こうもつけあがるんだよ」

「そりゃ、俺も分かってますけど。上司の頼みをむざむざ断れます? 会社でのポジションにも関わるかもしれないんですよ?」

「そんなの関係なくない? あの人みたいなイチ中間管理職に、人事に口出す権限ないでしょ。それは意思の弱い桐島くんが悪いよ。あたしなら絶対に断るね」

「そんな身もフタもない……」

 バッサリと一刀両断され、僕はかなりヘコんだ。自分の意思の弱さは、僕自身がいちばん痛感させられているけども。思いっきり急所を衝いてこなくてもいいじゃないか!

「でもまぁ、引き受けちゃったもんはしょうがないよねー。今日は開き直ってパーティー楽しんじゃいなよ。タダで美味しいものいっぱい食べられるって思えばさ」

「……そういう先輩は食べる気満々ですよね」

 歌うように言った先輩に僕は呆れた。彼女が持つプレートの上には、載せうる限りの料理がこれでもか! と盛られていたのだ。

「先輩、仕事はいいんですか? 会長の付き添いでここにいるんですよね?」

「いいのいいの☆ 『小川君も私のことはいいから、このパーティーを思う存分楽しみなさい』って会長がおっしゃったんだもん」

「へぇ、そうなんですか……」

「それにね、あれ見てたらさ。あたしの出る幕なさそうじゃない?」

 先輩は篠沢家の親子水入らずの光景を、どこか切なそうに見つめていた。