一歩一歩、踏みしめるようにして、なだらかな斜面を下る。
スニーカーを履いて来てよかった。海水浴だからサンダルにしようと思ったのだけれど、もしかしたらここに寄るかもしれないと考え直して、ユキホは歩きやすい靴を選んだ。
「ユキホ、どこまで行くんだよ……」
「情けない声を出さないの。ちゃんと着いておいで」
柚子崎を……そう、この街の名の由来になっている岬を二人は歩いている。
ビーチからもう、二キロくらいは歩いているだろうか。アスファルトで舗装された道路は、岬の途中で途切れていた。舗装路の突き当りには観光客向けの駐車場があり、岬の突端へ向けて上り坂の遊歩道が続いている。上り切った所に広い展望台があり、そこから先は、細い下りの未舗装路だ。その未舗装路も、間もなく終わりを迎えようとしている。
「ユキホ、この先って確か……」
「そうだよ。やっと思い出した?」
展望台では何組かの家族連れやカップルが景観を楽しんでいたが、ユキホたちは景色を楽しむ間もなくひたすらに突端を目指して未舗装路を下ってきた。遊歩道では何組もの観光客とすれ違ったが、未舗装路を下り始めてからは誰とも出会うことはなかった
「着いたよ。ジュンちゃん」
乱れた息を整えながら、目的地への到着を告げる。
「灯台だ! 懐かしい!!」
「柚子崎灯台は、いつも変わらず美しいねぇ……」
海と空の紺碧に浮かぶ、白亜の灯台。
塔の高さは二階建ての建物くらいだろうか。灯籠の奥に、二メートルほどの巨大なレンズが見える。いつ見ても美しい灯台だ。けれどもやはり、紺碧を背景に強い日差しのもとで見る柚子崎灯台が一番美しい、改めてそう思った。
「小学校の頃、ジュンちゃんと一緒に来てたよね」
「そうそう。ユキホに無理やり連れてこられた気がする」
「無理やりってなによ……」
灯台の向こう側には、太平洋のパノラマが広がっている。大きな岬の突端なのだ、遮る物なんて何もない。空と海を隔てるラインはなだらかな曲線を描き、その上には白い入道雲が湧き立っている。
「この辺でさ、探検ごっこして遊んでなかった?」
「してた、してた。ジュンちゃんがよく、転んで泣いてた」
「泣いてないし!」
「えー、泣いてたよぉ」
次から次へと、懐かしい話が飛びだす。
日陰を探して腰を下ろし、昔話に花を咲かせる。
時を忘れて話し込んでいるうちに、気づけば陽の光が力を失っていた。
白く湧き立つ入道雲に代わって厚い雨雲が垂れ込め、煌めきを放っていた海面も鉛色に沈んでいく。
「あー。夕立ち来るわ。しかも、ゲリラ豪雨的なヤツ」
言っている端から周囲は薄闇につつまれ、ぽつりぽつりと大粒の雨が降りはじめる。
「ジュンちゃん、こっち!」
手を引いて駆け出し、ユキホは灯台の横から脇道に入る。一段低くなった海沿いの小路を行くと、空き地へと行き当たった。空き地の奥には小さな洞窟が見える。
降りはじめた雨は、瞬く間に豪雨へと変わる。雨に追われるようにして、二人は洞窟へ逃げ込んだ。
「いやー、やられたね。ずぶ濡れだよ」
「ねぇ、ここってもしかして……」
「憶えてる? ジュンちゃんとワタシの秘密基地だよ」
「思い出した! 懐かしいね!!」
二メートル四方の小さな洞窟……いや、洞窟というよりも、岩場の窪みと呼んだ方が正しいだろうか。幼いころ二人で、この洞窟を拠点にして周囲を探検したものだ。空地をの向こう側には海が見えてながめがいいし、日差しや雨や風もしのげるから何かと便利に使っていた。
「ジュンちゃん、シャツ脱いじゃいなよ。乾かそう」
「え、恥ずかしいし……」
「なに言ってんの。いまさらでしょ」
夕立が降りだして、急に気温が下がった。濡れた着衣のままでは、体が冷えてしまう。二人して下着だけになり、シャツを絞る。
ユキホが下着姿になることに、ジュンはずっと反対していた。しかし今日はさんざん水着姿を披露していたのだ。下着だって水着と大差ないと言うと、ジュンは渋々納得した。
リュックからバスタオルを引っ張り出して、濡れた体を拭く。その間もジュンは、下着を見ないように気遣っていた。
ジュンの思惑に気づいてユキホは思う。昔から本当に優しいヤツだと。いや、相変わらずウブだと言った方が正しいだろうか。
そう思うと彼のことをとても可愛いらしく感じてしまい、照れ隠しのために突然ジュンの頭をバスタオルで覆いワシャワシャと拭き上げていった。
「な、なんだよ!?」
「拭いてあげるよ。感謝しなって」
「頭くらい自分で拭くし!」
二人で肩を並べて砂の上に座り、洞窟の外を臨む。
やがて豪雨に煙る海に垂れ込めた雨雲に、突如として閃光が走る。わずかばかりの時をおいて、大気を震わせ雷鳴が轟いた。
稲光りを目にして身構えていたにも関わらず、ユキホは天が割れたかと思うほどの轟音に悲鳴を上げた。そして次の瞬間、ジュンの腕にしがみついていた。
「そっか。カミナリ苦手だったよね」
「そ、そんなことないし……」
恐る恐る顔を上げて強かりを言おうとした瞬間、再び稲光が走り雷鳴が轟く。驚いたユキホは不覚にも、再びジュンの腕にしがみついてしまう。
「大丈夫?」
「ムリ。大丈夫じゃない……」
雷鳴は止むことを知らず、雨とともに勢いを増すばかりだ。ユキホは幼い頃から、雷が嫌いだった。空にあんな大きな音が鳴り響くなんて、意味が解らず恐怖を感じる。
「震えてるけど寒いの? 大丈夫?」
「寒いし恐いし、もうムリ……」
夕立と共に、一気に冷たい空気に覆われてしまった。ときおり横なぐりの雨が吹き込み、二人の体温を奪っていく。歯の根が合わず、ユキホの奥歯がカチカチと音を立てる。
その様子を見て、ジュンが慌てふためく。
どうする? どうして欲しい? 雷で余裕が無いところにそんなことばかり聞くものだから、ユキホは鬱陶しくなり無茶を言って困らせてやろうと思った。
「抱っこして……」
ジュンが困って、さらに慌てるだろうと思っていた。困り果てた末に、「できる訳ないよ」と泣き言を言うのだろうと思っていた。
けれども違った。
力強くユキホの体を引き寄せると、自らも体を寄せて肩を抱いた。幼馴じみに肩を抱かれるという非常事態に、逆にユキホが慌てふためく。
言い出したのは自分なのに、ジュンがそこまでしてくれるとは思ってもみなかったものだから、なんとか誤魔化そうと「冗談だよ」と言いかけたのだけれど、間が悪く雷鳴が響き渡り、驚いたユキホは何も言えずにジュンの胸へと顔をうずめた。
早鐘のような、ジュンの鼓動が聞こえる。緊張しているのが丸わかりだ。けれどもユキホの心臓も同じように、驚くほど速く脈うっていた。
気心の知れた幼馴じみが相手とは言え、女の子の肩を抱くことができるだなんて。そう思ってユキホは驚く。
ジュンは変わった。人の顔色を伺って、何もできずにいるジュンはもう居ない。軽音に入ることをためらっていた、ゴールデンウイークの頃が嘘のようだ。思い返しながら、ユキホはそっと目を閉じた。
ユキホは知っている。ジュンがどれだけ頑張ってきたのかを。アウスレンダーに惨敗した後は特に、鬼気迫る勢いで練習に取り組んでいた。その全てが、今の自信につながっていることを知っている。
少し前、ジュンとヒデがコテージのソファーで一夜を明かしていたことがあった。何があったのかは知らなけど、それまでのジュンであればあり得ないことだ。ここのところ、二人の仲がさらに良くなったように感じる。喜ばしいことだ……なんといってもユキホは、ジュンの想いを応援しているのだから。
「ユキホ、もう大丈夫だよ……」
いつしか雷鳴は遠のき、雨足も幾分か弱まっていた。
けれどもユキホは、ジュンの声に気づかないふりをする。
「寝ちゃった?」
のぞきこむジュンの顔を、腕に抱かれたままそっと見あげる。
「なんだ、起きてるじゃん……」
いい顔してる。気持ちの在り方って、顔に出るものだとユキホは思う。
ずっと面倒を見てきた幼馴じみと、同じヤツだと思えないほどだ。
「雨止みそうだからさ、帰ろうよ」
「……やだ」
わがままを言って、ジュンの体にしがみつく。
ジュンは変わった。そしてこれからもきっと、変わっていくはずだ。
自分の手を離れて行ってしまうようで、なんだか寂しい。
「なに言ってんの。ほら、帰るよ」
「……ヒデくんと何があったか教えて」
「え? なんで今そんな話……」
「教えてよ。ソファーで寝てた夜、何かあったんでしょ?」
「何もないって」
「……教えてくれなきゃ帰らない」
ジュンの体を、きつく抱きしめる。
嫌だな。
可愛がってきたジュンが、どこかへ行ってしまうみたいで嫌だ。
「……約束しただけだよ」
「約束って?」
「フェスで優勝したら、その……付きあうって」
「なにそれ。いやらしい」
「いやらしくないし! 応援してくれるんじゃないのかよ」
「応援……してるし……」
応援してるよ。
いつだってジュンの応援をしてるし、いつだってジュンの味方だ。
「そっか、良かったね。想いが伝わったんだね……」
よかった。本当によかった。そう思っているはずだ。
それなのに、なぜか涙があふれ出してきた。泣かなきゃいけない理由なんて、何もないはずなのに。
「もう少しだけ、このままで居させてよ……」
泣いていることを気取られないように、ジュンの胸に顔をうずめる。こぼれ落ちた涙は、肌を濡らす雨粒と混じり合って流れていった。
温かいジュンの肌。こんなに長く触れ合うのは、初めてじゃないだろうか。
このままずっと、触れていられたらいいのに……。
胸の中がずっと、鈍く痛んでいる。
今までに、感じたことのない痛みだ。
胸が締めつけられるようで、息が苦しくなる。
……そうか、そういうことか。
痛みの正体に気づいてしまう。
けれども胸の奥の澱みへと、そっと痛みを沈み込ませていく。
そしてこのままずっと、気づかないふりをしようと心に決める。
いつだってジュンの応援をしてるし、いつだってジュンの味方だ。
そう、これからだって、ずっと……変わることなく……。
スニーカーを履いて来てよかった。海水浴だからサンダルにしようと思ったのだけれど、もしかしたらここに寄るかもしれないと考え直して、ユキホは歩きやすい靴を選んだ。
「ユキホ、どこまで行くんだよ……」
「情けない声を出さないの。ちゃんと着いておいで」
柚子崎を……そう、この街の名の由来になっている岬を二人は歩いている。
ビーチからもう、二キロくらいは歩いているだろうか。アスファルトで舗装された道路は、岬の途中で途切れていた。舗装路の突き当りには観光客向けの駐車場があり、岬の突端へ向けて上り坂の遊歩道が続いている。上り切った所に広い展望台があり、そこから先は、細い下りの未舗装路だ。その未舗装路も、間もなく終わりを迎えようとしている。
「ユキホ、この先って確か……」
「そうだよ。やっと思い出した?」
展望台では何組かの家族連れやカップルが景観を楽しんでいたが、ユキホたちは景色を楽しむ間もなくひたすらに突端を目指して未舗装路を下ってきた。遊歩道では何組もの観光客とすれ違ったが、未舗装路を下り始めてからは誰とも出会うことはなかった
「着いたよ。ジュンちゃん」
乱れた息を整えながら、目的地への到着を告げる。
「灯台だ! 懐かしい!!」
「柚子崎灯台は、いつも変わらず美しいねぇ……」
海と空の紺碧に浮かぶ、白亜の灯台。
塔の高さは二階建ての建物くらいだろうか。灯籠の奥に、二メートルほどの巨大なレンズが見える。いつ見ても美しい灯台だ。けれどもやはり、紺碧を背景に強い日差しのもとで見る柚子崎灯台が一番美しい、改めてそう思った。
「小学校の頃、ジュンちゃんと一緒に来てたよね」
「そうそう。ユキホに無理やり連れてこられた気がする」
「無理やりってなによ……」
灯台の向こう側には、太平洋のパノラマが広がっている。大きな岬の突端なのだ、遮る物なんて何もない。空と海を隔てるラインはなだらかな曲線を描き、その上には白い入道雲が湧き立っている。
「この辺でさ、探検ごっこして遊んでなかった?」
「してた、してた。ジュンちゃんがよく、転んで泣いてた」
「泣いてないし!」
「えー、泣いてたよぉ」
次から次へと、懐かしい話が飛びだす。
日陰を探して腰を下ろし、昔話に花を咲かせる。
時を忘れて話し込んでいるうちに、気づけば陽の光が力を失っていた。
白く湧き立つ入道雲に代わって厚い雨雲が垂れ込め、煌めきを放っていた海面も鉛色に沈んでいく。
「あー。夕立ち来るわ。しかも、ゲリラ豪雨的なヤツ」
言っている端から周囲は薄闇につつまれ、ぽつりぽつりと大粒の雨が降りはじめる。
「ジュンちゃん、こっち!」
手を引いて駆け出し、ユキホは灯台の横から脇道に入る。一段低くなった海沿いの小路を行くと、空き地へと行き当たった。空き地の奥には小さな洞窟が見える。
降りはじめた雨は、瞬く間に豪雨へと変わる。雨に追われるようにして、二人は洞窟へ逃げ込んだ。
「いやー、やられたね。ずぶ濡れだよ」
「ねぇ、ここってもしかして……」
「憶えてる? ジュンちゃんとワタシの秘密基地だよ」
「思い出した! 懐かしいね!!」
二メートル四方の小さな洞窟……いや、洞窟というよりも、岩場の窪みと呼んだ方が正しいだろうか。幼いころ二人で、この洞窟を拠点にして周囲を探検したものだ。空地をの向こう側には海が見えてながめがいいし、日差しや雨や風もしのげるから何かと便利に使っていた。
「ジュンちゃん、シャツ脱いじゃいなよ。乾かそう」
「え、恥ずかしいし……」
「なに言ってんの。いまさらでしょ」
夕立が降りだして、急に気温が下がった。濡れた着衣のままでは、体が冷えてしまう。二人して下着だけになり、シャツを絞る。
ユキホが下着姿になることに、ジュンはずっと反対していた。しかし今日はさんざん水着姿を披露していたのだ。下着だって水着と大差ないと言うと、ジュンは渋々納得した。
リュックからバスタオルを引っ張り出して、濡れた体を拭く。その間もジュンは、下着を見ないように気遣っていた。
ジュンの思惑に気づいてユキホは思う。昔から本当に優しいヤツだと。いや、相変わらずウブだと言った方が正しいだろうか。
そう思うと彼のことをとても可愛いらしく感じてしまい、照れ隠しのために突然ジュンの頭をバスタオルで覆いワシャワシャと拭き上げていった。
「な、なんだよ!?」
「拭いてあげるよ。感謝しなって」
「頭くらい自分で拭くし!」
二人で肩を並べて砂の上に座り、洞窟の外を臨む。
やがて豪雨に煙る海に垂れ込めた雨雲に、突如として閃光が走る。わずかばかりの時をおいて、大気を震わせ雷鳴が轟いた。
稲光りを目にして身構えていたにも関わらず、ユキホは天が割れたかと思うほどの轟音に悲鳴を上げた。そして次の瞬間、ジュンの腕にしがみついていた。
「そっか。カミナリ苦手だったよね」
「そ、そんなことないし……」
恐る恐る顔を上げて強かりを言おうとした瞬間、再び稲光が走り雷鳴が轟く。驚いたユキホは不覚にも、再びジュンの腕にしがみついてしまう。
「大丈夫?」
「ムリ。大丈夫じゃない……」
雷鳴は止むことを知らず、雨とともに勢いを増すばかりだ。ユキホは幼い頃から、雷が嫌いだった。空にあんな大きな音が鳴り響くなんて、意味が解らず恐怖を感じる。
「震えてるけど寒いの? 大丈夫?」
「寒いし恐いし、もうムリ……」
夕立と共に、一気に冷たい空気に覆われてしまった。ときおり横なぐりの雨が吹き込み、二人の体温を奪っていく。歯の根が合わず、ユキホの奥歯がカチカチと音を立てる。
その様子を見て、ジュンが慌てふためく。
どうする? どうして欲しい? 雷で余裕が無いところにそんなことばかり聞くものだから、ユキホは鬱陶しくなり無茶を言って困らせてやろうと思った。
「抱っこして……」
ジュンが困って、さらに慌てるだろうと思っていた。困り果てた末に、「できる訳ないよ」と泣き言を言うのだろうと思っていた。
けれども違った。
力強くユキホの体を引き寄せると、自らも体を寄せて肩を抱いた。幼馴じみに肩を抱かれるという非常事態に、逆にユキホが慌てふためく。
言い出したのは自分なのに、ジュンがそこまでしてくれるとは思ってもみなかったものだから、なんとか誤魔化そうと「冗談だよ」と言いかけたのだけれど、間が悪く雷鳴が響き渡り、驚いたユキホは何も言えずにジュンの胸へと顔をうずめた。
早鐘のような、ジュンの鼓動が聞こえる。緊張しているのが丸わかりだ。けれどもユキホの心臓も同じように、驚くほど速く脈うっていた。
気心の知れた幼馴じみが相手とは言え、女の子の肩を抱くことができるだなんて。そう思ってユキホは驚く。
ジュンは変わった。人の顔色を伺って、何もできずにいるジュンはもう居ない。軽音に入ることをためらっていた、ゴールデンウイークの頃が嘘のようだ。思い返しながら、ユキホはそっと目を閉じた。
ユキホは知っている。ジュンがどれだけ頑張ってきたのかを。アウスレンダーに惨敗した後は特に、鬼気迫る勢いで練習に取り組んでいた。その全てが、今の自信につながっていることを知っている。
少し前、ジュンとヒデがコテージのソファーで一夜を明かしていたことがあった。何があったのかは知らなけど、それまでのジュンであればあり得ないことだ。ここのところ、二人の仲がさらに良くなったように感じる。喜ばしいことだ……なんといってもユキホは、ジュンの想いを応援しているのだから。
「ユキホ、もう大丈夫だよ……」
いつしか雷鳴は遠のき、雨足も幾分か弱まっていた。
けれどもユキホは、ジュンの声に気づかないふりをする。
「寝ちゃった?」
のぞきこむジュンの顔を、腕に抱かれたままそっと見あげる。
「なんだ、起きてるじゃん……」
いい顔してる。気持ちの在り方って、顔に出るものだとユキホは思う。
ずっと面倒を見てきた幼馴じみと、同じヤツだと思えないほどだ。
「雨止みそうだからさ、帰ろうよ」
「……やだ」
わがままを言って、ジュンの体にしがみつく。
ジュンは変わった。そしてこれからもきっと、変わっていくはずだ。
自分の手を離れて行ってしまうようで、なんだか寂しい。
「なに言ってんの。ほら、帰るよ」
「……ヒデくんと何があったか教えて」
「え? なんで今そんな話……」
「教えてよ。ソファーで寝てた夜、何かあったんでしょ?」
「何もないって」
「……教えてくれなきゃ帰らない」
ジュンの体を、きつく抱きしめる。
嫌だな。
可愛がってきたジュンが、どこかへ行ってしまうみたいで嫌だ。
「……約束しただけだよ」
「約束って?」
「フェスで優勝したら、その……付きあうって」
「なにそれ。いやらしい」
「いやらしくないし! 応援してくれるんじゃないのかよ」
「応援……してるし……」
応援してるよ。
いつだってジュンの応援をしてるし、いつだってジュンの味方だ。
「そっか、良かったね。想いが伝わったんだね……」
よかった。本当によかった。そう思っているはずだ。
それなのに、なぜか涙があふれ出してきた。泣かなきゃいけない理由なんて、何もないはずなのに。
「もう少しだけ、このままで居させてよ……」
泣いていることを気取られないように、ジュンの胸に顔をうずめる。こぼれ落ちた涙は、肌を濡らす雨粒と混じり合って流れていった。
温かいジュンの肌。こんなに長く触れ合うのは、初めてじゃないだろうか。
このままずっと、触れていられたらいいのに……。
胸の中がずっと、鈍く痛んでいる。
今までに、感じたことのない痛みだ。
胸が締めつけられるようで、息が苦しくなる。
……そうか、そういうことか。
痛みの正体に気づいてしまう。
けれども胸の奥の澱みへと、そっと痛みを沈み込ませていく。
そしてこのままずっと、気づかないふりをしようと心に決める。
いつだってジュンの応援をしてるし、いつだってジュンの味方だ。
そう、これからだって、ずっと……変わることなく……。