こんな言葉を、聞いたことがあるだろうか。
『ステージの上では、実力の八〇パーセントが発揮できれば上出来である』
音楽関係者からよく聞く言葉だ。ボクが吹奏楽をやっていたときも、同じセリフを何度も耳にした。学校の先生からも、試験前に聞いたことがある。試験本番では実力の八〇パーセントが発揮できれば上出来なのだと。
そしてこの話は、往々にして次のように続けられる。
『一〇〇パーセントの実力を発揮するために、一二〇パーセントの練習が必要だ』
おかしな算数だと思う。一〇〇パーセントの意味を、きちんと理解しているのかと首を傾げたくなる。
でも言いたいことは解る。実力を上回るパフォーマンスなんて、本番で発揮できる訳がないのだ。練習を積み重ねた結果こそが実力であり、発揮できる力の全てだ。実力の総量を増やすため、そして発揮できる力の割合を高めるため、ボクたちは日々練習をかさねるのだ。
でももしかすると、実力上の演奏ができることだってあるかもしれない。本番のほどよい緊張感が功を奏して、偶然にもいつも以上に巧く演れるようなことが。
けれども、偶然なんて不確実なものに頼る訳にはいかない。だからボクたちは、偶然を必然に変えるため日々練習を重ねるのだ。
六月のライブの後……そう、あの屈辱の惨敗のあと、ボクたちは基礎から全てをやり直すことにした。ヒデさんはまず、メンバー全員に楽器を持つことを禁じた。ボクも基礎的なボイストレーニング以外は、歌うことを禁じられた。
楽器を持たずに、何をしていたのかと言えば、チェンジアップとチェンジダウンだ。四人そろってドラムスティックを握り、延々とドラムの練習用パッドを叩きつづけていた。
メトロノームに合わせて一小節づつ、四分音符、八分音符、三連符、十六分音符のリズムを刻む。そして十六分音符から四分音符へと帰ってくる。テンポを変えて、アクセントの位置を変えて、休符を挟んで……バリエーションを変えながら、とにかく四人でリズムを刻み続ける。
ヒデさんは言う。音楽の本質とは、リズムなのだと。音楽を構成する要素からリズムだけを取り出してみても、それはやはり音楽なのだと。
音楽を構成する三要素、リズム、メロディー、ハーモニー……。まずはリズムありきなのだ。リズムに音程の変化が加わるとそれはメロディーとなり、複数のメロディーが響き合うとそれはハーモニーになる。そう、まずはリズムありきなのだ。リズムだけでもそれは音楽と呼べるが、リズムが欠けてしまえば音楽として成立しない。
この練習にはリズム感を鍛え直す目的の他にも、もう一つ大きな狙いがある。バンドとしてのグルーブを揃えることだ。だから必ず、四人揃ってリズムを刻む。
グルーブは波やうねりを表す言葉で、ジャズやR&Bの音楽表現に使われてきたけど、ロックやパンクでもノリを表現する言葉として使われる。
例えばドラムの二拍目、四拍目にスネアを打ってアクセントを付けたりするのだけれど、実際の演奏では正確な位置で打ち鳴らすことはない。わずかに早く、またはわずかに遅く打つ。このほんの少しのズレが、グルーブを生むのだ。
ただし、このズレはとても感覚的だ。数字で割り出すことなんてできやない。曲によって、演奏者によって、そして観客や環境によって変わってくる。グルーブとは、その場、その瞬間に生まれるものなのだ。グルーブを生む感覚をメンバー四人で揃え、一つのまとまったグルーブを生もうというのが練習の目的だ。
説明が長くなってしまった。
つまりボクが言いたいのは、六月からの一ヶ月を基礎練習だけに費やしてきたということだ。楽器の使用が解禁された後も四人で曲を合わせるようなことはなく、メトロノームをにらみながら各楽器の基礎練習に明け暮れてきた。
そんな鍛錬の果てにようやく、楽曲を合わせる日がやってきた。
そう、今日から合宿スタートだ!
夏休みに入ったボクたち四人は、海辺のコテージへ集った。
小高い丘に建てられたコテージからは、柚子崎ビーチを見下ろすことができる。海水浴に最適な立地ではあるのだけれど、ボクたちはここで約二週間の合宿生活を送るのだ。
「荷物置いたら、すぐランニングに出るからね」
ヒデさんの言葉に三人が顔を見合わせ、ヤレヤレとばかりに肩をすくめる。そう、毎日三十分のランニングも、基礎練習と並行して行っている。合宿中は、朝夕二回走ると言っていた。ライブは体力勝負……なのだそうだ。
ランニングを終えたメンバーは、シャワーを済ませて地下室に集まる。コテージの地下室は防音になっていて、スタジオとして使うことができるのだ。事前に部室のアンプなどの機材が運び込んであるから、機能的には学校の練習スタジオと何ら変わることはない。
「昼飯の前に、一回合わせるかね」
スティックを握りリズムを刻みながら、ヒデさんがつぶやいた。最初の頃は四人の息が合わずにリズムが乱れたものだが、今となっては一人で叩いているんじゃないかと錯覚するほどに息がぴったりだ。
「基礎練習の成果、出てるといいけどな」
ノリさんが、不安をあおるようなことを口ばしる。今となっては皆、しゃべりながらでもチェンジアップをこなすことができる。軽口をたたきながらも、耳はいつでもお互いのリズムを意識している。
「大丈夫、大丈夫。特訓の成果にきっと驚くぞ」
ヒデさんの脳天気な言葉が嘘でないことは、この後すぐに証明されることになる。
楽曲を合わせ、ワンフレーズ演奏しただけで違いがわかった。一ヶ月前とは、あきらかに音の粒立ちが違う。今の演奏から見れば、以前は楽器同士の音の粒に微妙なズレがあり、輪郭がぼやけていた気がする。音の一体感が、格段に上がっていた。
驚きに顔を見あわせた。ヒデさんだけは得意げな顔をしていた。そこからはもう、演奏することが、そして歌うことが楽しくなってしまい、あっという間に一曲が終わった。
「苦労の甲斐、あっただろ?」
さらに得意げなヒデさんの言葉に、皆が目を輝かせてうなづく。
「じゃ、今の曲、メトロノーム見ながら倍のテンポから合わせていくから。そのつもりでね。午後からやろう。飯だ、飯だ!」
合宿初日の昼食は、家から持ち寄った弁当だ。夕食からは、四人で買い出しに行って、四人で作ることになっている。なにをするのも四人一緒だ。四六時中一緒に行動すればメンバー同士の理解が深まり、演奏にもいい影響を与えるというのがヒデさんの持論だ。
「基礎練習はさ、あくまでも基礎でしかない訳よ」
昼食中も、ヒデさんの音楽論はつづく。
まばゆい夏の陽が差しこむダイニング。窓を開け放ち、波の音と海水浴客のはしゃぎ声を聞きながらテーブルを囲む。海風が吹き込んで、クーラーがなくてもけっこう快適だ。
「さっき合わせてさ、縦の線が揃って驚いただろ? でも、あれば基礎ができてきただけ。ここからだよ、音楽は……」
「ここからって、何をするんです?」
「演奏の上手さってさ、詰まるところ表現力の豊かさだったりするじゃない? どうやって個性を出していくかって問題でもあるんだよね」
腕を組んで、ヒデさんがわざとらしく頷く。
「それってさ……」
ユキホが宙を見上げながらつぶやく。
「つまり、楽曲に対する理解と、表現方法の模索ってことなのかな?」
「正解! さすが優等生」
そうなのだ、ユキホはけっこう成績がいい。
「難しいわ! もっとわかりやすく」
ノリさんが珍しく、声を荒らげる。
「楽しい曲は、楽しく表現するべきだろ? 悲しい曲は、悲しく表現するべきだ。演奏する楽曲がどんなテーマを持っているのか理解すること、そしてどんな風に演奏すればテーマを表現できるのか探すこと……って感じかな」
「合宿中に、それを各自で考えろってこと?」
「そうだね。人によって理解もアプローチも違うからね。俺なりの答えはあるけど、そのまま誰にでも当てはまる訳じゃないし……自分で見つけるしかないよね」
背もたれに身をあずけ、ヒデさんが天井をあおぐ。
「リンカも去年、似たようなこと言ってたな。アイツ、自分をさらけ出せとか、魂で演れとか抽象的な表現するけど、意外と理論派なんだよね」
ヒデさんから見ても、一目置くところがあるようだ。
「しかし、ジュンも気に入られたもんだね」
「へ? 誰にです?」
急に話題を振られ、間抜けな声が出てしまった。
「リンカにだよ」
「え、でもボク、あんなにコテンパンに言われて……」
「それが気に入られてる証拠じゃん。あいつ、認めた相手じゃないと目すら合わせねぇぞ」
「えぇぇぇ! てっきり嫌われてるものかと……」
「嫌いな相手に、アドバイスなんてしねぇよ」
「アドバイス!? いや、罵倒ですよね。罵倒以外の何物でもないですよね!?」
「まぁ、そうだな。違いない……」
ヒデさんが苦笑する。
「ジュンだったら、いい勝負できると思ったんだろ。素直じゃないからな、アイツ」
素直じゃないにもほどがある。あの日の言葉はずっと胸に刺さったままで、一日だってこの痛みを忘れたことはない。
「そう言えば去年のフェスで、シドさんにも喧嘩売ってたな。対バンで勝負しろって」
「えぇぇぇ! リンカさん、なんて命知らずな!」
「相手にされてなかったけどな」
シドさんに突っかかっていく勇気なんて、どう頑張ってもボクからは湧いてこない。
「ああ見えてもリンカたちは、俺らをライバルと認めてるんだからさ。期待には応えてやりたいよね」
そうだな、とばかりにボクたちは苦笑する。
昼食を済ませた後の、ほどよく緩んだ空気が心地いい。
窓の外は晴天。水平線の彼方に湧き上がる入道雲がまぶしい。
「……て言うよりもさ」
突然ヒデさんが、その場で立ち上がる。さっきまでとは打って変わって声が硬い。
「言われっぱなしじゃ悔しいよな! 見返してやろうぜ!」
そう言って、ボクたちの目の前へ拳を突きだす。
ノリさん、ユキホ、そしてボクも、その場に立ち上がる。
四人で拳を突き合わせ、フェスでの勝利を誓い合った。
『ステージの上では、実力の八〇パーセントが発揮できれば上出来である』
音楽関係者からよく聞く言葉だ。ボクが吹奏楽をやっていたときも、同じセリフを何度も耳にした。学校の先生からも、試験前に聞いたことがある。試験本番では実力の八〇パーセントが発揮できれば上出来なのだと。
そしてこの話は、往々にして次のように続けられる。
『一〇〇パーセントの実力を発揮するために、一二〇パーセントの練習が必要だ』
おかしな算数だと思う。一〇〇パーセントの意味を、きちんと理解しているのかと首を傾げたくなる。
でも言いたいことは解る。実力を上回るパフォーマンスなんて、本番で発揮できる訳がないのだ。練習を積み重ねた結果こそが実力であり、発揮できる力の全てだ。実力の総量を増やすため、そして発揮できる力の割合を高めるため、ボクたちは日々練習をかさねるのだ。
でももしかすると、実力上の演奏ができることだってあるかもしれない。本番のほどよい緊張感が功を奏して、偶然にもいつも以上に巧く演れるようなことが。
けれども、偶然なんて不確実なものに頼る訳にはいかない。だからボクたちは、偶然を必然に変えるため日々練習を重ねるのだ。
六月のライブの後……そう、あの屈辱の惨敗のあと、ボクたちは基礎から全てをやり直すことにした。ヒデさんはまず、メンバー全員に楽器を持つことを禁じた。ボクも基礎的なボイストレーニング以外は、歌うことを禁じられた。
楽器を持たずに、何をしていたのかと言えば、チェンジアップとチェンジダウンだ。四人そろってドラムスティックを握り、延々とドラムの練習用パッドを叩きつづけていた。
メトロノームに合わせて一小節づつ、四分音符、八分音符、三連符、十六分音符のリズムを刻む。そして十六分音符から四分音符へと帰ってくる。テンポを変えて、アクセントの位置を変えて、休符を挟んで……バリエーションを変えながら、とにかく四人でリズムを刻み続ける。
ヒデさんは言う。音楽の本質とは、リズムなのだと。音楽を構成する要素からリズムだけを取り出してみても、それはやはり音楽なのだと。
音楽を構成する三要素、リズム、メロディー、ハーモニー……。まずはリズムありきなのだ。リズムに音程の変化が加わるとそれはメロディーとなり、複数のメロディーが響き合うとそれはハーモニーになる。そう、まずはリズムありきなのだ。リズムだけでもそれは音楽と呼べるが、リズムが欠けてしまえば音楽として成立しない。
この練習にはリズム感を鍛え直す目的の他にも、もう一つ大きな狙いがある。バンドとしてのグルーブを揃えることだ。だから必ず、四人揃ってリズムを刻む。
グルーブは波やうねりを表す言葉で、ジャズやR&Bの音楽表現に使われてきたけど、ロックやパンクでもノリを表現する言葉として使われる。
例えばドラムの二拍目、四拍目にスネアを打ってアクセントを付けたりするのだけれど、実際の演奏では正確な位置で打ち鳴らすことはない。わずかに早く、またはわずかに遅く打つ。このほんの少しのズレが、グルーブを生むのだ。
ただし、このズレはとても感覚的だ。数字で割り出すことなんてできやない。曲によって、演奏者によって、そして観客や環境によって変わってくる。グルーブとは、その場、その瞬間に生まれるものなのだ。グルーブを生む感覚をメンバー四人で揃え、一つのまとまったグルーブを生もうというのが練習の目的だ。
説明が長くなってしまった。
つまりボクが言いたいのは、六月からの一ヶ月を基礎練習だけに費やしてきたということだ。楽器の使用が解禁された後も四人で曲を合わせるようなことはなく、メトロノームをにらみながら各楽器の基礎練習に明け暮れてきた。
そんな鍛錬の果てにようやく、楽曲を合わせる日がやってきた。
そう、今日から合宿スタートだ!
夏休みに入ったボクたち四人は、海辺のコテージへ集った。
小高い丘に建てられたコテージからは、柚子崎ビーチを見下ろすことができる。海水浴に最適な立地ではあるのだけれど、ボクたちはここで約二週間の合宿生活を送るのだ。
「荷物置いたら、すぐランニングに出るからね」
ヒデさんの言葉に三人が顔を見合わせ、ヤレヤレとばかりに肩をすくめる。そう、毎日三十分のランニングも、基礎練習と並行して行っている。合宿中は、朝夕二回走ると言っていた。ライブは体力勝負……なのだそうだ。
ランニングを終えたメンバーは、シャワーを済ませて地下室に集まる。コテージの地下室は防音になっていて、スタジオとして使うことができるのだ。事前に部室のアンプなどの機材が運び込んであるから、機能的には学校の練習スタジオと何ら変わることはない。
「昼飯の前に、一回合わせるかね」
スティックを握りリズムを刻みながら、ヒデさんがつぶやいた。最初の頃は四人の息が合わずにリズムが乱れたものだが、今となっては一人で叩いているんじゃないかと錯覚するほどに息がぴったりだ。
「基礎練習の成果、出てるといいけどな」
ノリさんが、不安をあおるようなことを口ばしる。今となっては皆、しゃべりながらでもチェンジアップをこなすことができる。軽口をたたきながらも、耳はいつでもお互いのリズムを意識している。
「大丈夫、大丈夫。特訓の成果にきっと驚くぞ」
ヒデさんの脳天気な言葉が嘘でないことは、この後すぐに証明されることになる。
楽曲を合わせ、ワンフレーズ演奏しただけで違いがわかった。一ヶ月前とは、あきらかに音の粒立ちが違う。今の演奏から見れば、以前は楽器同士の音の粒に微妙なズレがあり、輪郭がぼやけていた気がする。音の一体感が、格段に上がっていた。
驚きに顔を見あわせた。ヒデさんだけは得意げな顔をしていた。そこからはもう、演奏することが、そして歌うことが楽しくなってしまい、あっという間に一曲が終わった。
「苦労の甲斐、あっただろ?」
さらに得意げなヒデさんの言葉に、皆が目を輝かせてうなづく。
「じゃ、今の曲、メトロノーム見ながら倍のテンポから合わせていくから。そのつもりでね。午後からやろう。飯だ、飯だ!」
合宿初日の昼食は、家から持ち寄った弁当だ。夕食からは、四人で買い出しに行って、四人で作ることになっている。なにをするのも四人一緒だ。四六時中一緒に行動すればメンバー同士の理解が深まり、演奏にもいい影響を与えるというのがヒデさんの持論だ。
「基礎練習はさ、あくまでも基礎でしかない訳よ」
昼食中も、ヒデさんの音楽論はつづく。
まばゆい夏の陽が差しこむダイニング。窓を開け放ち、波の音と海水浴客のはしゃぎ声を聞きながらテーブルを囲む。海風が吹き込んで、クーラーがなくてもけっこう快適だ。
「さっき合わせてさ、縦の線が揃って驚いただろ? でも、あれば基礎ができてきただけ。ここからだよ、音楽は……」
「ここからって、何をするんです?」
「演奏の上手さってさ、詰まるところ表現力の豊かさだったりするじゃない? どうやって個性を出していくかって問題でもあるんだよね」
腕を組んで、ヒデさんがわざとらしく頷く。
「それってさ……」
ユキホが宙を見上げながらつぶやく。
「つまり、楽曲に対する理解と、表現方法の模索ってことなのかな?」
「正解! さすが優等生」
そうなのだ、ユキホはけっこう成績がいい。
「難しいわ! もっとわかりやすく」
ノリさんが珍しく、声を荒らげる。
「楽しい曲は、楽しく表現するべきだろ? 悲しい曲は、悲しく表現するべきだ。演奏する楽曲がどんなテーマを持っているのか理解すること、そしてどんな風に演奏すればテーマを表現できるのか探すこと……って感じかな」
「合宿中に、それを各自で考えろってこと?」
「そうだね。人によって理解もアプローチも違うからね。俺なりの答えはあるけど、そのまま誰にでも当てはまる訳じゃないし……自分で見つけるしかないよね」
背もたれに身をあずけ、ヒデさんが天井をあおぐ。
「リンカも去年、似たようなこと言ってたな。アイツ、自分をさらけ出せとか、魂で演れとか抽象的な表現するけど、意外と理論派なんだよね」
ヒデさんから見ても、一目置くところがあるようだ。
「しかし、ジュンも気に入られたもんだね」
「へ? 誰にです?」
急に話題を振られ、間抜けな声が出てしまった。
「リンカにだよ」
「え、でもボク、あんなにコテンパンに言われて……」
「それが気に入られてる証拠じゃん。あいつ、認めた相手じゃないと目すら合わせねぇぞ」
「えぇぇぇ! てっきり嫌われてるものかと……」
「嫌いな相手に、アドバイスなんてしねぇよ」
「アドバイス!? いや、罵倒ですよね。罵倒以外の何物でもないですよね!?」
「まぁ、そうだな。違いない……」
ヒデさんが苦笑する。
「ジュンだったら、いい勝負できると思ったんだろ。素直じゃないからな、アイツ」
素直じゃないにもほどがある。あの日の言葉はずっと胸に刺さったままで、一日だってこの痛みを忘れたことはない。
「そう言えば去年のフェスで、シドさんにも喧嘩売ってたな。対バンで勝負しろって」
「えぇぇぇ! リンカさん、なんて命知らずな!」
「相手にされてなかったけどな」
シドさんに突っかかっていく勇気なんて、どう頑張ってもボクからは湧いてこない。
「ああ見えてもリンカたちは、俺らをライバルと認めてるんだからさ。期待には応えてやりたいよね」
そうだな、とばかりにボクたちは苦笑する。
昼食を済ませた後の、ほどよく緩んだ空気が心地いい。
窓の外は晴天。水平線の彼方に湧き上がる入道雲がまぶしい。
「……て言うよりもさ」
突然ヒデさんが、その場で立ち上がる。さっきまでとは打って変わって声が硬い。
「言われっぱなしじゃ悔しいよな! 見返してやろうぜ!」
そう言って、ボクたちの目の前へ拳を突きだす。
ノリさん、ユキホ、そしてボクも、その場に立ち上がる。
四人で拳を突き合わせ、フェスでの勝利を誓い合った。