岡さんからSNSのメッセージが届いた。小説の感想だそうだ。

 どれだけ酷評されているんだろうと思ったけど、存外に褒められていた。彼女が読んだのは、悪の組織に占領されたクラスが殺し合いをはじめるゼロサムゲームの話だった。

 まあ、正直バトルロワイヤルをパクって書いたけど、ストーリーだけは全然違う話だった。好事家というやつには好まれるが、クラスのアイドルには一番読んでほしくないタイプの作品でもあった。普段からこんなことを考えているのかと思われるといたたまれない。

 だが、思いのほか岡さんの反応は好意的なものだった。

 まずは物語として単純に面白かったということ。そして、ストーリーが安易なエログロに走らず心の絆の持つ強さを伝えられる作品だったと、要約したらそんな感じの言葉が書いてあった。

 正直、そんな大層なものを書いた覚えはなかったけど、作品を楽しんでもらえたというのはシンプルに嬉しかった。それも、その相手はクラスカーストの頂点に立つ美少女の絶賛付きだったのだ。嬉しくないはずがない。

 やめておけばいいのに、これで俺は調子に乗った。

 たった一人の読者が空気を読んで褒めてくれただけだというのに、俺は自分が大作家にでもなった気分になっていた。恋は盲目と言うが、俺は必要以上に愚かになっていた。

 他の作品の感想もほしくて、これまでに書いた作品を段階的に教えていった。自分の中で「この順番で読んでほしい」というのもあり、解説を交えつつ密かに読む作品を誘導していった。

 そして、彼女がそこへと差し掛かる前に死ぬ気で作品を改稿した。クラスの天使に気に入られたいという不純な動機だが、作品そのものは前よりも明らかに良くなっていた。これも愛の力か。

 駄文とはいえ今までコンスタントに作品を書いてきたので、作品の毛色は色々なものがあった。手垢の付いたトリックで書かれたミステリもあったし、どこかで見たような異世界モノの作品もあった。中にはまんまネット小説の人気作をパクったような作品もあったけど、無名のせいかそれほど炎上しておらず、何も知らない岡さんは感動しきりだった。

 最後のはともかくとして、俺だって色んな作品を書けるのだと気付いた。それは岡さんの温かいメッセージで初めて得た気付きでもあった。

 高校生活のすべてを作家になるための期間として全振りすることを決めてはいたものの、いざ公募に通ってプロの作家としてデビューしたあと、名だたる人気作家と渡り合えるかと訊かれると正直なところあまり現実感のない話に聞こえる。

 だから「俺は作家になるぞ!」と息巻いてはいたものの、その反面では「本当にそんなことが可能なのだろうか」という思いがあった。というか、後者の方が割合としてはずっと多かった。

 ネット小説の世界は思ったより厳しい。酷評に悩んでいる作家もたくさんいるとは聞いていたが、俺はその域にすら達していない。むしろ酷評されるぐらいの立場を持っている奴らが羨ましかった。他人事だからそう思えるだけだろうが。

 そういった背景もあり、天使のJKである岡さんから作品を褒めてもらえることは、ある意味千年に一度のアイドルに作品を褒めてもらったようなものだ。少なくとも俺にはそのように感じられた。

 図書室で岡さんと出会う時間が一層楽しくなった。岡さんは俺の小説に熱狂し、俺は作家の大先生気分で解説をする。最高の時間だった。おそらく、後にも先にもないほどの。

 ――だが、幸せな時というのは長くは続かない。そのように人生というものは出来ている。 

   ◆

「鬼頭君ってさ、恋愛小説は書かないの?」

「え? 恋愛小説、ですか……?」

 いきなりの無茶ブリにフリーズする俺。恋愛をしたことがないのに恋愛小説なんて書けるわけないじゃないか。

 だが、目の前で岡さんからキラキラした目を向けられると、そう無碍にも出来なかった。

 ここでイモを引いたら男が廃る。

 そうだ。殺人小説だって殺人をしていなければ書けないわけじゃない。その理論で言えばだ、俺だって女子を骨抜きにするような話を書けるかもしれないじゃないか。もしかしたら、俺のデビュー作品は恋愛小説になるかもしれない!

 俺はよく分からない根拠で自分を奮い立たせた。困ったことに、こういう流れで勇ましい気持ちになると、どう考えても勝ち目のない闘いに人間は赴く傾向がある。

 鮮やかな死亡フラグ。その伏線は、間違いなく回収される。

 この時の俺はまだ何も分かっていなかった。

 ああ、まさに恋は盲目というやつだ。目の前の女へ夢中になっていると、その先の見通しがきかなくなる。

 まだ童貞だが、勢いで結婚してすぐに別れるヤンキー夫婦の気持ちがいくらか分かった気がした。何もかもを勢いでやっていいわけではない。

「書いてみたいな。鬼頭君の書いた恋愛小説」

 岡さんはディズニーのお姫様みたいに小首をかしげる。

「そんなに言うなら、やってみようじゃないか」

 中二病をこじらせて、いかにも大物風に答える。

 過去の自分に声を掛けられるなら、その先には崖が待っていると伝えたい。

 だが、誰だって過去に戻ることは出来やしない。

 だからこそ、人は過ちを犯すのだ。

 この時の俺は、急峻な崖に向かってひた走る最中だった。