鮫島グループが炎上とともに消え去ったのち、俺には予想外の副産物が舞い込んだ。

 ネットの特定班と呼ばれる人々がいるが、彼らはターゲットの呟きに含まれた情報や写真に収まった手がかりなどからその住所やプライベートな情報を特定して共有情報にする役目を果たしている。

 敵に回せばマジで怖い人々だが、こちらが追う側であれば心強い味方でもある。そんな特定班が、鮫島一味の周囲を洗っている際に俺の情報へと行き着いた。

 彼らは煉獄のスケキヨから依頼されて調査を行っているだけなので、俺との直接的な接点はない。だが、例の拡散された動画でボコられているのが鬼頭守という生徒だと突き止めることは出来たようだった。

 彼らは俺が小説を書いて、それが原因で鮫島一味に目をつけられたことも突き止めたようだ。その調査力には恐れ入る。

 そこで話題になったのが俺の小説だった。鮫島が炎上している時も、鮫島の擁護派から「彼がそんなに怒るのであれば、書かれた小説の方にもそう言われるだけの落ち度があったのではないか」という意見が散見された。

 そのため、ネットから消えた小説が騒動を見守った人々の興味を想像以上にかきたてていたようだった。

 そんな流れを全く知らない俺は、改稿してより読者の視点を意識した原稿を投じた。もっと端的に言えば一般的な読者が読んで面白いと思える作品として書き直したのだ。

 すると、作品が復活するのではないかと俺のアカウントを見張っていた連中が目ざとく俺の小説を発見して、その内容に目を通した。

 当然のこと、鮫島の悪口が書いてあるというほどの内容ではなかった。魔王シャークを討伐しに行くというくだりこそあったものの、ボコボコにして動画を撮影するようなものではない。

 実際には好意を寄せていた岡莉奈に捧げた作品という点が鮫島の逆鱗に触れたわけだったが、そんなのは一般的な人々は全く知らない。特定班ですらそこまでは突き止められなかった。

 結論として、鮫島は鬼頭守という生徒の書いた小説を読んでなぜか激怒した上に暴行を振るった頭のおかしい奴という考えが広がっていった。実際にはそうなのだが、厳密なプロセスを知らない分、鮫島へ向けられる視線はより厳しいものになった。

 反対に、妙な形で身バレした(?)俺の小説はたくさんの人々から読まれるようになった。特に鮫島を嫌っていた人々が宣伝してくれたのが大きかった。その内容は鮫島が俺の文才に嫉妬したというヘンテコな理由だったが、それでも鮫島がインフルエンサーだった分、俺の小説は逆に読まれるようになった。

 同情票に近い形ではあったものの、俺の作品は想像以上に高評価をしてもらえた。「他の作品と比べて大して代り映えしないテンプレ小説」という評価もあったけど、読者の多くは普段から本を読む人ではなかったので、ラノベの文脈やお約束については大して知らず、想像以上に楽しんではもらえたようだった。

 別に悲劇のヒーローになりたかったわけじゃない。完全に棚ボタだ。それでも無名のまま終わるよりは遥かにいい。

 作品についての意識改革が奏功して前よりも読ませる小説になったことと、世間的な認知度が一気に上がったのが相まって出版社から声がかかった。名前も聞いたことのない弱小出版社だったけど、それでも書籍化したかしていないかではまったく将来的な意味合いが変わってくる。書いた小説が駄作であったとしても、実際に商業出版まで辿り着いているのであれば、それはワナビではない。

 いささかズルをしたような感覚が無くもなかったが、どんな形で書籍化をするかは人によってまちまちだ。イケメン俳優というだけで大きな文学賞を受賞したわけでもないので、自分なりの色を出しながら作品を世に出していければなとは思う。

 鮫島一味にボコられて以来疎遠となっていた岡莉奈さんとも距離感が戻ってきた。図書室でぼっち読書をしていたら、また彼女が姿を現した。

 軽い挨拶を交わすと、何事もなかったかのように一緒に本を読んだ。

 お互いに余計な言葉は必要がなかった。それが野暮だということは俺にだって分かっている。

 俺たちは再び図書室で集まり、本を読むようになった。思えば岡さんとの出会いもこれがきっかけだった。本が人を繋ぐ時はたしかにある。

 二人で本を読んで、時々相手を見遣る。タイミングが合って視線がぶつかると、彼女が照れくさそうに笑う。ささやかだけれど、最高に幸せな瞬間が戻ってきた。

 別に彼女と付き合いたいとか、そういうわけじゃない。いや、付き合ってくれるならそれはそれで嬉しいんだけど、俺と彼女じゃ釣り合わない。俺は棚ボタで作家になれただけの幸運な陰キャで、彼女は生まれついての美少女であり人間のラベルが付いただけの天使なんだから。

 ――それでも、そうであったとしても、この時間が少しでも続いてくれればと思う。

 きっとこんなにピュアな時代を過ごせるのはきっと今だけなのだから。

 珍しく、生きていることを神に感謝した。