「実は……、わたしの秘書の桐島さんもその被害に遭ってたみたいなんです。彼は異動することでそれ以上の被害を回避できましたけど、問題自体が解決したわけじゃないですよね。なので、わたしはこの問題の全貌が分かったら世間に公表しようと思ってます」

 不祥事は隠蔽(いんぺい)することなかれ。これもまた父の信条だった。たとえ一時的に会社のイメージが悪くなったとしても、すぐにプラスに転じるから、と。

「わたしとしては、年度末までに決着をつけたくて。あまり時間がないのでできるだけ迅速に動いて頂けますか?」

「…………分りました。さっそく動いてみましょう。会長のご期待に沿えるかどうかは分かりかねますが」

「お願いします、山崎さん。――お時間取って頂いてありがとうございました」

「いえいえ。また何かお役に立てることがありましたら、いつでも相談にいらして下さい」

 わたしは「それじゃ、失礼します」と言って人事部長室を後にした。


「――あ、会長。おかえりなさい」

「ただいま。わたし最近、やっとここが自分の居場所なんだなぁって思えてきたよ」

 PCで仕事をしながら笑顔で出迎えてくれた貢に、わたしも笑顔で応えた。

「それはよかったです。――それで、専務は何と?」

「うん、さっそく動いてみるって。年度末まであんまり時間ないからね。彼も忙しい人だし」

 わたしが年度内にこだわっていた理由は、新年度から入社してくれる人たちを安心して迎え入れたかったから。誰が好きこのんで問題のある企業に入社したがるものか。

「――さて、じゃあ今日の仕事にかかりますかね。桐島さん、これは明日の会議で使う資料?」

 PCを起動させる前に、わたしはデスクの上に置かれた書類に目をとめた。

「ええ、そうです。午前のうちにまとめておいたんですが……、何か問題ありました?」

「う~ん、誤字脱字はないけど。わたしはこっちの表現にした方が伝わりやすいかなーって」

 わたしのデスクまで不安そうにやってきた彼にそう言いながら、プリントアウトされた資料に赤ペンで修正を入れた。

「ああ……、なるほど。確かにそうですね。ご指摘ありがとうございます。会長は書かれる字も丁寧でキレイですね」

「え……、そうかな? ありがと。そんなストレートに褒められたらなんか照れちゃうよ」

 彼は本当に優しくて実直で、そして褒め上手な人だ。なのに、どうして彼女ができないんだろうとわたしは不思議で仕方がなかった。