「あの時、本物の聖女に選ばれる筈だった貴女なら、きっと、変えてくれるのでしょう?」
マリーはそれにすら気づいていなかった。
これは帝国の為になると心の底で思っていたのだろう。
「陛下の理想郷を壊してちょうだい。私の正義を次の世代に繋げてちょうだい。その為に力をあげるわ。私の全てをあげるわ」
彼女には彼女なりの正義はあった。
その正義には、生贄が必要となる。それを嘆く心もあった。
「ごめんなさい、まだ見ぬ愛しい娘。私の正義の為に死んでちょうだい」
青白く輝く魔法陣の中にマリーの身体が取り込まれてしまったのは、彼女が僅かに正気を取り戻したときだった。
新たな呪詛が帝国に広がっていった。
この事件により帝国を愛した聖女は崇められる対象から、裏切り聖女として憎まれることとなる。
それはマリーの望んだことではなかったのかもしれない。
* * *
マリーが帝国を呪ったのと同時刻。
凍り付いた森の中に屋敷を構える変わり者はその気配を察知していた。
「呪い死んだかァ」
厳重な管理が施されている誓約の塔に忍び込んだことも、そこにある呪詛の根源たる【物語の台本(シナリオ)】が改悪されたことも、彼は分かっていた。
それを察していながらも彼は拠点から動かなかった。
「バカな奴だなァ」
まだ彼以外は気付いていないだろう。
先の大戦にて命を落とした始祖たちは数十年だけの眠りについている。
「どこまでも利用されてるってのに。ほんとにバカな奴だなァ」
生き残っている他の始祖たちは魔術には疎い。
生まれ持った特異な力で物事を解決することに長けているからこその弱点だ。
「これだから俺はお前が嫌いなんだぜ。可哀想なマリー」
魔術の劣化版である簡易魔法を生み出した彼への絶対的な信頼による失敗だ。
彼だけは知っていた。
「いつまでも愛されると思い込んでいる哀れなマリー」
知っていたからこそ、凍り付いた森の中に築いた屋敷から出なかったのだ。
「お前には裏切りの汚名が相応しい。聖女なんてお綺麗なもんじゃねえだろ」
【物語の台本】の改悪は失敗に終わることを知っていた。
マリーにその方法を伝授した仲間から全てを聞かされていた。
「愛される為ならば、なんだってやってくれるやつだろう」
彼は誰よりもマリーのことを理解していた。
「それが聖女なんて名乗ってちゃあいけねえよなァ」
マリーは彼には魔方陣を狂わせる計画を打ち明けていなかった。
マリーは彼がこの計画を知れば、止めると思ったのだろうが、実際はマリーが禁忌に手を染めるとわかっていながらも、なにもしなかった。
「可哀想なマリー。腐った正義なんて捨てちまえばよかったのになァ」
机の上に放置されていた古びた写真立てを手に取る。
「吐き気がするほどの人間らしいお前には、俺たちは似合わねえさ」
古びた写真には少年と少女が写っている。
背の高い少年の服を掴み、少しだけ不安そうな目を向けている少女の姿はまだ幼い。汚れはないものの質素な服装に身を包む少女こそが幼き頃のマリーだった。
まだどこにでもいる村娘だった頃のマリーだ。
本来ならば村人として一生を終える普通の少女だった。
「……お前が人間として生きていれば、俺はお前のことを可愛い妹だと思えただろうなァ」
彼はマリーの兄だった。
その血は半分しか繋がっていない。
「九百年生きてもわからねえなら、眠りについた方が幸せかもしれねぇなァ」
彼にはマリーが持っていない人間族以外の血を持っている。
だからこそ、帝国の為に役に立つ存在として呪われてしまった。
七人の英雄として呪いの力を与えられてしまった。
「お前が余計なことをしなければ、俺たちはこんな真似をしなくてよかった」
それでも、彼はマリーの兄だった。
マリーがどこにでもいる村娘だった頃、彼は妹のことを大切にしていた。
「恨むぜ、マリー。可哀想な俺の妹。どうか永久に目覚めないでくれ」
それは変えようもない事実である。
事実だからこそ彼はマリーを疎むのだ。
「精々、苦しんで苦しみの中で死んでくれ」
彼の独り言は呪いだった。
魔法陣の中に吸い込まれていったマリーを呪う言葉だ。
「アァ、俺たちの為に踊ってくれよ。哀れな聖女気取りのマリー」
彼は言葉の中に魔力を込めることで新しい魔術や呪詛を生み出すことができる。それを知っているのは彼と彼の親友だけだった。
「そうすりゃ、兄さんが一つくらいは願いを叶えてやるように頼んでやる」
彼は彼の願いが叶えられたらそれ以外はどうでもいいのだろう。
興味を持てないのかもしれない。
「さよなら。俺の憎たらしい妹」
古びた写真立てを机に置き、写真を机につけるように倒す。
「誰よりも苦しんで死んでくれ」
そして、【物語の台本】が改悪されたことを忘れてしまったかのようにベッドに倒れ込んだ。
死ではない。ただの眠りつくのだ。
始祖である彼を呼び起こすことができる人物が転生するまでの間、彼は屋敷から出ることはないだろう。
二人の出会いの日、凍らされた森の中で彼は眠りにつく。こうして彼が黙認をしたことにより帝国中で大騒ぎになってしまうことなど、彼には興味がなかったのだろう。
* * *
マリーはそれにすら気づいていなかった。
これは帝国の為になると心の底で思っていたのだろう。
「陛下の理想郷を壊してちょうだい。私の正義を次の世代に繋げてちょうだい。その為に力をあげるわ。私の全てをあげるわ」
彼女には彼女なりの正義はあった。
その正義には、生贄が必要となる。それを嘆く心もあった。
「ごめんなさい、まだ見ぬ愛しい娘。私の正義の為に死んでちょうだい」
青白く輝く魔法陣の中にマリーの身体が取り込まれてしまったのは、彼女が僅かに正気を取り戻したときだった。
新たな呪詛が帝国に広がっていった。
この事件により帝国を愛した聖女は崇められる対象から、裏切り聖女として憎まれることとなる。
それはマリーの望んだことではなかったのかもしれない。
* * *
マリーが帝国を呪ったのと同時刻。
凍り付いた森の中に屋敷を構える変わり者はその気配を察知していた。
「呪い死んだかァ」
厳重な管理が施されている誓約の塔に忍び込んだことも、そこにある呪詛の根源たる【物語の台本(シナリオ)】が改悪されたことも、彼は分かっていた。
それを察していながらも彼は拠点から動かなかった。
「バカな奴だなァ」
まだ彼以外は気付いていないだろう。
先の大戦にて命を落とした始祖たちは数十年だけの眠りについている。
「どこまでも利用されてるってのに。ほんとにバカな奴だなァ」
生き残っている他の始祖たちは魔術には疎い。
生まれ持った特異な力で物事を解決することに長けているからこその弱点だ。
「これだから俺はお前が嫌いなんだぜ。可哀想なマリー」
魔術の劣化版である簡易魔法を生み出した彼への絶対的な信頼による失敗だ。
彼だけは知っていた。
「いつまでも愛されると思い込んでいる哀れなマリー」
知っていたからこそ、凍り付いた森の中に築いた屋敷から出なかったのだ。
「お前には裏切りの汚名が相応しい。聖女なんてお綺麗なもんじゃねえだろ」
【物語の台本】の改悪は失敗に終わることを知っていた。
マリーにその方法を伝授した仲間から全てを聞かされていた。
「愛される為ならば、なんだってやってくれるやつだろう」
彼は誰よりもマリーのことを理解していた。
「それが聖女なんて名乗ってちゃあいけねえよなァ」
マリーは彼には魔方陣を狂わせる計画を打ち明けていなかった。
マリーは彼がこの計画を知れば、止めると思ったのだろうが、実際はマリーが禁忌に手を染めるとわかっていながらも、なにもしなかった。
「可哀想なマリー。腐った正義なんて捨てちまえばよかったのになァ」
机の上に放置されていた古びた写真立てを手に取る。
「吐き気がするほどの人間らしいお前には、俺たちは似合わねえさ」
古びた写真には少年と少女が写っている。
背の高い少年の服を掴み、少しだけ不安そうな目を向けている少女の姿はまだ幼い。汚れはないものの質素な服装に身を包む少女こそが幼き頃のマリーだった。
まだどこにでもいる村娘だった頃のマリーだ。
本来ならば村人として一生を終える普通の少女だった。
「……お前が人間として生きていれば、俺はお前のことを可愛い妹だと思えただろうなァ」
彼はマリーの兄だった。
その血は半分しか繋がっていない。
「九百年生きてもわからねえなら、眠りについた方が幸せかもしれねぇなァ」
彼にはマリーが持っていない人間族以外の血を持っている。
だからこそ、帝国の為に役に立つ存在として呪われてしまった。
七人の英雄として呪いの力を与えられてしまった。
「お前が余計なことをしなければ、俺たちはこんな真似をしなくてよかった」
それでも、彼はマリーの兄だった。
マリーがどこにでもいる村娘だった頃、彼は妹のことを大切にしていた。
「恨むぜ、マリー。可哀想な俺の妹。どうか永久に目覚めないでくれ」
それは変えようもない事実である。
事実だからこそ彼はマリーを疎むのだ。
「精々、苦しんで苦しみの中で死んでくれ」
彼の独り言は呪いだった。
魔法陣の中に吸い込まれていったマリーを呪う言葉だ。
「アァ、俺たちの為に踊ってくれよ。哀れな聖女気取りのマリー」
彼は言葉の中に魔力を込めることで新しい魔術や呪詛を生み出すことができる。それを知っているのは彼と彼の親友だけだった。
「そうすりゃ、兄さんが一つくらいは願いを叶えてやるように頼んでやる」
彼は彼の願いが叶えられたらそれ以外はどうでもいいのだろう。
興味を持てないのかもしれない。
「さよなら。俺の憎たらしい妹」
古びた写真立てを机に置き、写真を机につけるように倒す。
「誰よりも苦しんで死んでくれ」
そして、【物語の台本】が改悪されたことを忘れてしまったかのようにベッドに倒れ込んだ。
死ではない。ただの眠りつくのだ。
始祖である彼を呼び起こすことができる人物が転生するまでの間、彼は屋敷から出ることはないだろう。
二人の出会いの日、凍らされた森の中で彼は眠りにつく。こうして彼が黙認をしたことにより帝国中で大騒ぎになってしまうことなど、彼には興味がなかったのだろう。
* * *