「陛下の理想郷を壊そうとするなんて、なんて、罰当たりなんだと怒ってくださるかしら」
当時の人々の思いとは掛け離れてしまった現代を生きるのには、ミカエラを愛しているマリーには苦痛でしかなかった。
「それでも、私は愛していたの」
変わることの許されない身に落ち果てたマリーは彼のいない九百年以上の年月を生きてきた。
苦楽を共にした仲間が帝国の為に果てる姿も何度も見送ってきた。
数十年以内には誰もが望まない転生を果たし、再会をする事になるだろうと知っているからこそ、その死を見送り続けることができた。
仲間の穏やかな死すらも願うことが許されない。
かといって愛しい人が蘇ることもない。
帝国の為だけに生き続けなければいけない日々はマリーの心を壊していった。
「今も、愛しているの」
マリーは彼のことを愛していた。
帝国の為ならばこの身を捧げても構わないと思っていた。
それは光栄なことだと喜んで贄になると口にした。
「貴方だけを愛しているよ。……ずっと待っていたのに」
ミカエラの愛する帝国の礎となるのならば、なんて誇らしい役目だろうと微笑んで見せたのだ。
それは遠い過去の話だ。
今はそれほどの情熱を抱けない。
「私は、陛下に誠実な聖女でありたかったのに」
ミカエラのことを愛し、彼から愛されることを望んだ。
「それなのに、陛下は帰ってきてはくださらなかった」
なにも知らない他人は、マリーをミカエラに仕える聖女だと崇めた。
「陛下と共にいられるのなら、国民が苦しんでも、見過ごそうと思っていたのに」
帝国の為だけに身を捧げた聖女だと崇める国民にはなにも罪はない。
それを分かっているからこそ、マリーは望まれるままに聖女であり続ける道を選んでしまった。
「私にはそれすらも出来ないわ。だって、みんなを愛してしまったから」
それすらもマリーの心は痛みを訴えていた。
本人すらも気付けない痛みを訴え続けていた。
「それなのに、貴方は、一度だって私の元に帰ってきてくださらなかった!」
かつて、マリーは、なにも取り柄のない村娘として生まれ、ミカエラに見初められたことにより側室の一人となった。
「助けることが出来なくても、それでも、陛下の為に耐えてきました!」
聖女と崇めて、施しを乞う民に手を差し出すことも、ミカエラの聖女であるマリーには許されなかったのだ。
マリーには誰も救うことができなかった。
それでも民は聖女を崇めた。
聖女の導きにより帝国を守護する始祖たちが降臨したのだと嘘偽りの伝承を心の底から信じ、数え切れない人々が戦地で散っていた。
それでも、マリーは聖女として見送り続けた。
愛おしい彼が愛する国民が心穏やかに過ごせる日々を願い続けた。
「私は、陛下から与えられた聖女として振る舞ってきました」
声が震えてしまう。
「すべては陛下の望まれたことだと信じて九百年も生きてきました」
感情的になってしまう。
マリーは零れ落ちそうになる涙を拭い、魔方陣に視線を落とした。
「それも、今日で終わりにします」
民の苦悩を知っていた。民の悲劇を知っていた。
村娘として苦悩の日々を過ごしてきた過去は消えない。
「帝国の為にも、私たちはいなくなるべきなのです」
その日々の間で知ることとなった上流階級により搾取の苦痛も知っている。
忘れることはできない。
それすらもどうでも良いと思えるほどに彼を愛していた。
「陛下。私の愛おしい人」
ミカエラは、マリーの嘘の予言を信じてしまったことにより、その名声を地に落とすこととなった。
「陛下がいない日々を耐えるなんて、私には無理だったのよ」
殺戮皇帝、帝国史上最悪の犯罪者。
様々な悪名高い皇帝として後世に名を遺すこととなったミカエラは、それすらも構わないと思っていたのかもしれない。
「九百年もの間、耐えてきたわ」
ミカエラは、帝国が永久に繁栄することを理想としていた。
「もう終わりにしましょう」
その理想は、数年後、帝国の滅亡という形で壊されることをマリーは告げた。
「なにもかも、私の嘘のせいだったの。でも、陛下がいない日々には、もう耐えられない」
それはその当時の大予言者がした予言と似たような内容だった。
その危機に陥っているとミカエラに嘘を吹き込んだのはマリーだった。
マリーは大予言者の真似をしてでもミカエラを振り向かせたかったのだろう。
「みんな、呪いの中で苦しんでいる」
それが正しい予言か、偽りの予言か。
それを審議する余裕もなく、ミカエラは、帝国から災いを遠ざける為に開発していた禁忌に手を出してしまった。
もしかしたら禁忌に手を出す理由を探していたのかもしれない。
「だから、もう、終わらせてしまいましょう」
あの時、マリーが口にした偽りの予言だった。
未来を予知することはマリーには出来なかった。
「最低だって分かっているわ」
それは、偶然だったのだろう。
マリーが口にした予言は的中してしまった。
「陛下の理想郷を壊そうとするなんて、許されることではないもの」
数年後、反旗を翻した同盟国に囲まれ、帝国は滅亡の危機に陥った。
しかし、それを回避してしまった。
「どうしようもないことだったということは、わかっているの」
ミカエラが手を出してしまった禁忌により、帝国は不死の兵を得た。
ミカエラは、大予言者の呪いにより異質な力を持つ少年少女たちを不死の兵へと作り変えた。
「わかっているのよ」
帝国の名を世界に知らしめる最大の脅威であり、大預言者により与えられた帝国を救済する唯一の術だった。
「でも、限界よ」
英雄たちは呪われた。
滅亡するはずだった未来を変えてしまった英雄は人の道を外れてしまった。
「みんなを解放して」
呪われた英雄たちの力は恐ろしいものだった。
絶望的な危機を簡単に引っ繰り返し、帝国に繁栄をもたらした。
「陛下のいない帝国を守るなんて、誰も、望んでいないわ」
それはミカエラの理想郷そのものだったのだろう。
「……陛下」
その欲を知っていながらもマリーは笑ってみせた。
正気ではなかった。愛に溺れた女の末路だった。
「私だけは、帝国の為に生きる価値もないと判断されたのかしら。穢れなき聖女なんて名ばかりのお飾りとして、罪を背負わせてもくれないなんて」
狂ったような笑みを浮かべる。
九百年という長い月日がマリーの心を壊し続けたのだろう。
「貴方が選んだ聖女である私が全てを終わらせてみせるわ」
何度も死しても蘇る。
姿形を変えながらも、記憶も人格も才能も引き継いで転生を果たす。
当時の人々の思いとは掛け離れてしまった現代を生きるのには、ミカエラを愛しているマリーには苦痛でしかなかった。
「それでも、私は愛していたの」
変わることの許されない身に落ち果てたマリーは彼のいない九百年以上の年月を生きてきた。
苦楽を共にした仲間が帝国の為に果てる姿も何度も見送ってきた。
数十年以内には誰もが望まない転生を果たし、再会をする事になるだろうと知っているからこそ、その死を見送り続けることができた。
仲間の穏やかな死すらも願うことが許されない。
かといって愛しい人が蘇ることもない。
帝国の為だけに生き続けなければいけない日々はマリーの心を壊していった。
「今も、愛しているの」
マリーは彼のことを愛していた。
帝国の為ならばこの身を捧げても構わないと思っていた。
それは光栄なことだと喜んで贄になると口にした。
「貴方だけを愛しているよ。……ずっと待っていたのに」
ミカエラの愛する帝国の礎となるのならば、なんて誇らしい役目だろうと微笑んで見せたのだ。
それは遠い過去の話だ。
今はそれほどの情熱を抱けない。
「私は、陛下に誠実な聖女でありたかったのに」
ミカエラのことを愛し、彼から愛されることを望んだ。
「それなのに、陛下は帰ってきてはくださらなかった」
なにも知らない他人は、マリーをミカエラに仕える聖女だと崇めた。
「陛下と共にいられるのなら、国民が苦しんでも、見過ごそうと思っていたのに」
帝国の為だけに身を捧げた聖女だと崇める国民にはなにも罪はない。
それを分かっているからこそ、マリーは望まれるままに聖女であり続ける道を選んでしまった。
「私にはそれすらも出来ないわ。だって、みんなを愛してしまったから」
それすらもマリーの心は痛みを訴えていた。
本人すらも気付けない痛みを訴え続けていた。
「それなのに、貴方は、一度だって私の元に帰ってきてくださらなかった!」
かつて、マリーは、なにも取り柄のない村娘として生まれ、ミカエラに見初められたことにより側室の一人となった。
「助けることが出来なくても、それでも、陛下の為に耐えてきました!」
聖女と崇めて、施しを乞う民に手を差し出すことも、ミカエラの聖女であるマリーには許されなかったのだ。
マリーには誰も救うことができなかった。
それでも民は聖女を崇めた。
聖女の導きにより帝国を守護する始祖たちが降臨したのだと嘘偽りの伝承を心の底から信じ、数え切れない人々が戦地で散っていた。
それでも、マリーは聖女として見送り続けた。
愛おしい彼が愛する国民が心穏やかに過ごせる日々を願い続けた。
「私は、陛下から与えられた聖女として振る舞ってきました」
声が震えてしまう。
「すべては陛下の望まれたことだと信じて九百年も生きてきました」
感情的になってしまう。
マリーは零れ落ちそうになる涙を拭い、魔方陣に視線を落とした。
「それも、今日で終わりにします」
民の苦悩を知っていた。民の悲劇を知っていた。
村娘として苦悩の日々を過ごしてきた過去は消えない。
「帝国の為にも、私たちはいなくなるべきなのです」
その日々の間で知ることとなった上流階級により搾取の苦痛も知っている。
忘れることはできない。
それすらもどうでも良いと思えるほどに彼を愛していた。
「陛下。私の愛おしい人」
ミカエラは、マリーの嘘の予言を信じてしまったことにより、その名声を地に落とすこととなった。
「陛下がいない日々を耐えるなんて、私には無理だったのよ」
殺戮皇帝、帝国史上最悪の犯罪者。
様々な悪名高い皇帝として後世に名を遺すこととなったミカエラは、それすらも構わないと思っていたのかもしれない。
「九百年もの間、耐えてきたわ」
ミカエラは、帝国が永久に繁栄することを理想としていた。
「もう終わりにしましょう」
その理想は、数年後、帝国の滅亡という形で壊されることをマリーは告げた。
「なにもかも、私の嘘のせいだったの。でも、陛下がいない日々には、もう耐えられない」
それはその当時の大予言者がした予言と似たような内容だった。
その危機に陥っているとミカエラに嘘を吹き込んだのはマリーだった。
マリーは大予言者の真似をしてでもミカエラを振り向かせたかったのだろう。
「みんな、呪いの中で苦しんでいる」
それが正しい予言か、偽りの予言か。
それを審議する余裕もなく、ミカエラは、帝国から災いを遠ざける為に開発していた禁忌に手を出してしまった。
もしかしたら禁忌に手を出す理由を探していたのかもしれない。
「だから、もう、終わらせてしまいましょう」
あの時、マリーが口にした偽りの予言だった。
未来を予知することはマリーには出来なかった。
「最低だって分かっているわ」
それは、偶然だったのだろう。
マリーが口にした予言は的中してしまった。
「陛下の理想郷を壊そうとするなんて、許されることではないもの」
数年後、反旗を翻した同盟国に囲まれ、帝国は滅亡の危機に陥った。
しかし、それを回避してしまった。
「どうしようもないことだったということは、わかっているの」
ミカエラが手を出してしまった禁忌により、帝国は不死の兵を得た。
ミカエラは、大予言者の呪いにより異質な力を持つ少年少女たちを不死の兵へと作り変えた。
「わかっているのよ」
帝国の名を世界に知らしめる最大の脅威であり、大預言者により与えられた帝国を救済する唯一の術だった。
「でも、限界よ」
英雄たちは呪われた。
滅亡するはずだった未来を変えてしまった英雄は人の道を外れてしまった。
「みんなを解放して」
呪われた英雄たちの力は恐ろしいものだった。
絶望的な危機を簡単に引っ繰り返し、帝国に繁栄をもたらした。
「陛下のいない帝国を守るなんて、誰も、望んでいないわ」
それはミカエラの理想郷そのものだったのだろう。
「……陛下」
その欲を知っていながらもマリーは笑ってみせた。
正気ではなかった。愛に溺れた女の末路だった。
「私だけは、帝国の為に生きる価値もないと判断されたのかしら。穢れなき聖女なんて名ばかりのお飾りとして、罪を背負わせてもくれないなんて」
狂ったような笑みを浮かべる。
九百年という長い月日がマリーの心を壊し続けたのだろう。
「貴方が選んだ聖女である私が全てを終わらせてみせるわ」
何度も死しても蘇る。
姿形を変えながらも、記憶も人格も才能も引き継いで転生を果たす。