望遠鏡越しに現れた島を目指して、薄暗がりの中を一行は西へ進む。

 その島がようやく肉眼でも確認でき始めた頃、辺りはほとんど真っ暗になりかけていた。

「随分と大きな島だな」
「マッシュさん! あれを見て! 島の端っこに光が見えます!」
「行ってみよう!」

 一行はその光を目指し、暗闇の中をゆっくり進んでいく。

 暗がりの中を泳ぐことに慣れていないフランクは、空と陸の間の障害物にぶつからないように気をつけて低空を行きながら、目を凝らして目標を確認する。

「どうやら灯台のようだよ」
「降りれるかい?」

 マッシュの指示に、フランクは少しほっとした。

「うん! 降りるのに丁度良い草原があるから、そこに降りるよ。灯台まではちょっとあるけど……」

 フランクが降り立った草原の先には岬を取り囲むように林があった。

 林はザワザワと風に揺らされ音を立てている。左手には繁る森。林を抜けた先に、緩やかな細い坂道が続いているのがかろうじて見える。灯台は、その岬の先端部で光を放っていた。暗闇を、ボォウ、ボォウと明暗をつけるように浮き上がらせている。薄緑の光が森と一緒にざわついているようだった。なんだか薄気味が悪い。

「なんだかお化けでも出そうな岬ね」
「ええ⁉ お化け? ブルブル。マッシュさん、まさか今すぐ灯台に出発! なんて言いませんよね?」

 クルックスが小さく飛び上がって、真珠にしがみつく。

「さあ、どうしようか」

 マッシュがそんなクルックスを見て意地悪そうに怖い顔をした。

「ブルブルブル! 止めときましょうよ! それにどなたが住んでいるかもわからないですし! なにより、こんな夜分に突然訪ねても失礼ですよ!」

 ワタワタと羽を広げて説得しようとするクルックスを見て、真珠もフランクも可笑しくなって顔を見合わせた。

「ブッ…ククッ……」マッシュも必死に笑いを堪える。「冗談だよ、クルックス。今日はここで休んで、明日の朝出発だ!」

 クルックスはそれを聞き、安堵のため息を漏らした。

「ポォ~ゥ……」

 いつも以上に鳩のようなため息を聞いて、クルックス以外の三名は耐え切れず笑った。暗闇の中、ザワザワとした葉音に混ざり、和やかな笑い声が小さく響いた。

 クルックスが真珠の胸ポケットの中で眠りにつく。真珠は生い茂った柔らかな深緑の草の上に寝ころんで、立ち上る草原の香りと体を撫でる風を感じながら、岬の上に立つ灯台を見つめていた。

 暗闇を裂く光と灯台を照らす青白い月の光が、とても幻想的だった。真珠も目を閉じ深い眠りに落ちた。

「ポッポー! ポッポー! 皆さん! おはようございます。今日も快晴! 朝の六時をお伝えします! ポッポー!」

「おはようクルックス。早起きね」
「ふああ、おはよう。ぼくはまだ眠いよ」
「おはよう、みんな! 顔を洗って朝食をとったら灯台に出発だ!」

 マッシュはすぐにでも出発したい雰囲気でそわそわしている。いつもより早く六時に皆を起こすように頼んだのはマッシュだったが、真珠には反対されるだろうと思って黙っていた。真珠は少し不満だった。

 ――反対なんてしないのに、もう。

 真珠は眠い目をこすりながら、さらに眠そうなフランクの元へ朝食のフルーツを運んでいく。

「フランク、朝ご飯よ。一緒に食べましょ」

 隣に座りながら、ふとフランクの名前のことを思い出す。

「そういえばフランク。マッシュが名前をつけてくれたって言ってたけど、あなたには名前がなかったの?」

「名前はあるよ! でもね君たちには発音できないみたいなんだ。マッシュにも伝えたんだけど、聞き取れないって。だからフランク!」
「へえ~。聞かせてみて?」
「いいよ」

 次の瞬間、真珠は首の後ろをフランクに突然舐められたように感じた。
「くすぐったい!」と思わず叫ぶ。摩訶不思議なムズムズ感が全身をぴょんぴょんスキップした。

「うわあ。なにこれ!」

 一瞬のことだったが、あまりのくすぐったさに真珠は足をバタつかせた。

「やっぱり? マッシュにもお腹にカタツムリが張ってるみたいだって言われたんだ!」

 フランクが笑う。

「なにかしら? これ、きっと愉快な名前なのね」

 ――こんな名前をつけたフランクのお父さんとお母さんはどんな人かしら。きっとフランク以上にほんわかで、おっとりしたクジラさんたちに違いないわ。

 真珠はフランクの頭に寄りかかるようにして、笑ってごめんね、と微笑んだ。


「フランクはこの先には行けないから、ここで留守番を頼む!」
「うん、みんな気をつけてね」

 三人は林の中を進んでいく。昨夜は暗闇の中で、風に揺られてどことなく不気味だったのに、今はとても清々しい。クルックスも、ブルブルしていた昨夜の様子とは打って変わって、ピクニック気分だった。木々の間から差し込む陽の光も明るく、落ち葉や枯木を踏んでサクサク鳴る音や感触、鳥たちの鳴き声もすべて心地好い。

「フランクさんが降ろしてくれた草原から昨夜見た時は、すぐ側に灯台があったように見えたのに、実際は結構な距離があるんですねぇ」

 それでもさすがに長い道のりに疲れてきたのか、今はマッシュのシルクハットの上に後ろ向きに鎮座して、マッシュに続く真珠にそう話しかける。

 林を抜けると緩やかで長い坂道が現れた。

「本当ね。でもあと一息よ」
「シッ! 二人とも静かに!」

 突然マッシュが立ち止まり、かがんで地面に注意を向けた。手を伸ばして二人を制止する。

 ドドドドド……

 地面からなにやら音が響いてくる。

 ドドドドド……

「な、何でしょうか? この音は」

 クルックスがそう怯えた瞬間、激しい地震が三人を襲った。

「!?」
「キャッ!?」
「ポポォー!?」

 林の方を振り返ると、鳥たちが騒ぎながら大空へ逃げていくのが見える。

 地面はしばらく小刻みに脈動を続けていたが、次第に緩やかな揺れに変わりやがて収まった。

「収まったみたいだな」
「……そうみたいね」

 クルックスは仰向けにひっくり返っている。

「大丈夫かい。クルックス」

 マッシュが立ち上がりクルックスに手を差し伸ばす。クルックスはまだ震えていた。『ブルブル』と冗談を言う余裕もない。

「えぇ。えぇ。ご心配おかけしました……。もう大丈夫……」
「フランクは大丈夫だったかしら?」

 マッシュは歩き出した。

「きっと大丈夫だ。先を急ごう」

 真珠とクルックスも続いた。

 長い坂道を進んで、三人は灯台へたどり着いた。

 灯台は、ブロック状の石を円柱状に積み重ねて仕上げた造りで、所々ひび割れたり、欠けたりしていて隙間が目立つ。お世辞にも立派な建物とは言えない。今の地震で崩れなかったのが不思議なくらいだ。

 マッシュが、灯台の入口にはめ込まれたボロボロの木製のドアを叩く。

「失礼する! どなたかいるだろうか」

 建物の中は静まり返っている。

 マッシュはもう一度繰り返した。やはり返事はない。

「お留守ですかね? どうしましょう。出直しますか?」
「どうする? マッシュ」

 マッシュは、胸ポケットからギャレットビーンズを取り出し、カシャカシャとやっていつもより高めに宙へ一粒はじいた。口に収まったのは緑のジェリービーンズ。

「カワセミの羽の(みどり)か」

 マッシュはわけのわからないことをつぶやいてから、ドアに手をかける。マッシュは口をもぐもぐとやって緑のジェリービーンズを飲み込んだ。

「よし! 中で待たせてもらおう!」
「ええ!? でも家主の方が魔物とかだったら? わたくしたち大変なことになるんじゃないでしょうか……」

 クルックスがアタフタと言い終わる前に、マッシュは建物の中へ入っていった。

 飛んで火に入る……真珠はなんだか嫌な予感がした。

 ――カワセミの羽って何よ?