翌朝一行は、町の外で待つフランクの元へやって来た。
アマルとノランも一行の出立を見送るために、そこにいた。
クルックスは泣きっぱなしだった。
「おはよう! みんな、昨日は良く眠れた?」フランクが元気に出迎える。
「本当に行っちまうのかい? もう少しゆっくりしていけば良いじゃないか?」
アマルの目は赤い。ぐずぐず言いながら、皆の顔を代わる代わる見る。口を開いては何か話そうとして、そしてまた閉じる。そんなことを繰り返している。
「アマル、彼らには彼らの旅があるんだ、引き止めてはいけないよ」
ノランが優しく微笑んだ。それでもやはり寂しそうだ。
「うぅ……わたくし、お別れがこんなに辛いものだったなんて知りませんでした」
クルックスは相変わらず泣いていた。
「みんな、ぼくのために本当にありがとう。ぼく、みんなのこと、絶対に忘れないよ」
「わたくしも絶対に忘れたりしません!」
「わたしも忘れたりしないわ!」
「忘れられるわけがないだろう。君たちは私の最高の仲間だ」
マッシュの言葉にみんな照れ笑いをした。
「ところで、マッシュと真珠はこれからどうするんだい?」
ノランがマッシュに向かって訊ねた。
「私はこのままフランクとスノーディアを目指すつもりだ。その途中で真珠の故郷に寄ってもらう手筈になっている」
それを聞いたクルックスが、泣き止んで顔を上げて聞く。
「どうやって真珠さんの故郷へ?」
「フランクがいれば簡単さ、このエルセトラの空のさらに向こう側は、彼女の目の覚めるような青色カーテンに繋がっているからな」
「へえ! そうだったんだ!」真珠は初めてその事実を知った。
色味のない自分の病室で唯一、お母さんに頼んでつけてもらった空色カーテンがこのエルセトラと繋がっていたなんて。
「さあ、そろそろ出発しよう! たとえ離れていても、私たちの気持ちは決して離れることはないのだから!」
「ありがとうマッシュ。でも大丈夫! わたしは、わたし自身の意思で故郷に帰れるわ」
そう言った真珠に皆が注目する。しばしの沈黙が流れる。皆それ以上聞くことはなかった。沈黙をフランクが破る。
「お別れだね、真珠。いつだってぼく、遠い空から君のこと見てるよ」
「真珠さん! あなたがわたくしと同じカッコウだったなら、今すぐあなたをさらって飛んでいきたい!」
真珠は笑った。こうやって笑うのは最後かもしれない。
マッシュは黙っている。少し下を向いた目が、何か決意をするための最後のピースを探して揺れている。
マッシュは黙っている。少し下を向いた目が、何か決意をするための最後のピースを探して揺れている。
皆の方に向き直って真珠が言った。
「みんな! 元気でね!」
真珠の体を無数の光の泡が包み始める。真珠の五感から、音が消えていく。光だけがまぶしく増幅する。体が徐々に重さを感じなくなり、踏みしめていた足の感覚が薄れていく。
真珠はふわっと自分の匂いを感じた。エルセトラに来てから始めて感じる自分の匂いだ。ああ、皆はこれに気づいていたのね。どうして今までわからなかったのかしら。そしてひとりフフッと笑う。
――よかった。臭くはないわ。
最後のピースがはまったのか、マッシュが空の手を握りしめて真珠に叫んだ。
「……真珠!」
マッシュが泡の向こうから強い眼差しで真珠を見つめている。
「私はひとつ謝ることがある! 君に出会ったあの病室で! 色も香りもないちっぽけな世界だと言ったこと! それは私の目と鼻がまだ未熟だったのだ!」
真珠には最後まで聞こえなかった。それでも構わない。言葉にしなくてもマッシュの気持ちがすべてはわからなくてもそれはさほど重要なことじゃない。真珠はそう思った。
「うん!」
届かない声で真珠は元気よく返事をした。その笑顔はこのエルセトラに来てから今までで最高の笑顔に見えた。
『………サヨナラ!……』
真珠を包んだ無数の泡がひとつになり、そしてはじけた。真珠の笑顔が残像になって大気に散った。
青空が見えた。
どこまでもどこまでも続く青い空。気がつくと、何もない広い草原の中、わたしはポツンと横たわっていた。
――わたしは帰って来たのかしら?
青い空の中を一羽の白い大きな鳥が円を描くように飛んでいる。次第に大きな鳥は近づいてきて、わたしの傍に降り立った。その鳥の背中に二つの人影が見える。
シルクハットのカエル。
――マッシュだ!
マッシュはゆっくりと側まで来て膝をつき、わたしの手にキスをした。
マドモアゼル……ご機嫌麗しゅう。君にどうしても渡しておきたい物があってね
マッシュの後ろから少女が走ってきてわたしをきつく抱きしめる。
もう大丈夫だよ!
もう大丈夫だよ!
頭の中で何度も声が響いていた。
アマルとノランも一行の出立を見送るために、そこにいた。
クルックスは泣きっぱなしだった。
「おはよう! みんな、昨日は良く眠れた?」フランクが元気に出迎える。
「本当に行っちまうのかい? もう少しゆっくりしていけば良いじゃないか?」
アマルの目は赤い。ぐずぐず言いながら、皆の顔を代わる代わる見る。口を開いては何か話そうとして、そしてまた閉じる。そんなことを繰り返している。
「アマル、彼らには彼らの旅があるんだ、引き止めてはいけないよ」
ノランが優しく微笑んだ。それでもやはり寂しそうだ。
「うぅ……わたくし、お別れがこんなに辛いものだったなんて知りませんでした」
クルックスは相変わらず泣いていた。
「みんな、ぼくのために本当にありがとう。ぼく、みんなのこと、絶対に忘れないよ」
「わたくしも絶対に忘れたりしません!」
「わたしも忘れたりしないわ!」
「忘れられるわけがないだろう。君たちは私の最高の仲間だ」
マッシュの言葉にみんな照れ笑いをした。
「ところで、マッシュと真珠はこれからどうするんだい?」
ノランがマッシュに向かって訊ねた。
「私はこのままフランクとスノーディアを目指すつもりだ。その途中で真珠の故郷に寄ってもらう手筈になっている」
それを聞いたクルックスが、泣き止んで顔を上げて聞く。
「どうやって真珠さんの故郷へ?」
「フランクがいれば簡単さ、このエルセトラの空のさらに向こう側は、彼女の目の覚めるような青色カーテンに繋がっているからな」
「へえ! そうだったんだ!」真珠は初めてその事実を知った。
色味のない自分の病室で唯一、お母さんに頼んでつけてもらった空色カーテンがこのエルセトラと繋がっていたなんて。
「さあ、そろそろ出発しよう! たとえ離れていても、私たちの気持ちは決して離れることはないのだから!」
「ありがとうマッシュ。でも大丈夫! わたしは、わたし自身の意思で故郷に帰れるわ」
そう言った真珠に皆が注目する。しばしの沈黙が流れる。皆それ以上聞くことはなかった。沈黙をフランクが破る。
「お別れだね、真珠。いつだってぼく、遠い空から君のこと見てるよ」
「真珠さん! あなたがわたくしと同じカッコウだったなら、今すぐあなたをさらって飛んでいきたい!」
真珠は笑った。こうやって笑うのは最後かもしれない。
マッシュは黙っている。少し下を向いた目が、何か決意をするための最後のピースを探して揺れている。
マッシュは黙っている。少し下を向いた目が、何か決意をするための最後のピースを探して揺れている。
皆の方に向き直って真珠が言った。
「みんな! 元気でね!」
真珠の体を無数の光の泡が包み始める。真珠の五感から、音が消えていく。光だけがまぶしく増幅する。体が徐々に重さを感じなくなり、踏みしめていた足の感覚が薄れていく。
真珠はふわっと自分の匂いを感じた。エルセトラに来てから始めて感じる自分の匂いだ。ああ、皆はこれに気づいていたのね。どうして今までわからなかったのかしら。そしてひとりフフッと笑う。
――よかった。臭くはないわ。
最後のピースがはまったのか、マッシュが空の手を握りしめて真珠に叫んだ。
「……真珠!」
マッシュが泡の向こうから強い眼差しで真珠を見つめている。
「私はひとつ謝ることがある! 君に出会ったあの病室で! 色も香りもないちっぽけな世界だと言ったこと! それは私の目と鼻がまだ未熟だったのだ!」
真珠には最後まで聞こえなかった。それでも構わない。言葉にしなくてもマッシュの気持ちがすべてはわからなくてもそれはさほど重要なことじゃない。真珠はそう思った。
「うん!」
届かない声で真珠は元気よく返事をした。その笑顔はこのエルセトラに来てから今までで最高の笑顔に見えた。
『………サヨナラ!……』
真珠を包んだ無数の泡がひとつになり、そしてはじけた。真珠の笑顔が残像になって大気に散った。
青空が見えた。
どこまでもどこまでも続く青い空。気がつくと、何もない広い草原の中、わたしはポツンと横たわっていた。
――わたしは帰って来たのかしら?
青い空の中を一羽の白い大きな鳥が円を描くように飛んでいる。次第に大きな鳥は近づいてきて、わたしの傍に降り立った。その鳥の背中に二つの人影が見える。
シルクハットのカエル。
――マッシュだ!
マッシュはゆっくりと側まで来て膝をつき、わたしの手にキスをした。
マドモアゼル……ご機嫌麗しゅう。君にどうしても渡しておきたい物があってね
マッシュの後ろから少女が走ってきてわたしをきつく抱きしめる。
もう大丈夫だよ!
もう大丈夫だよ!
頭の中で何度も声が響いていた。