フランクは何が起こったのかわからなかった。

 目を覚ますと人間の男たちに囲まれて、叫び声を浴びせられていた。フランクは狼狽する。ぼくはあなたたちに危害を加えるつもりはない、ただここで仲間を待っているだけなんだと一生懸命説明した。

「早く立ち去れ!」

 一際体の大きい男がなおも叫んでいる。その声に続いて後ろにいた男たちも一緒に叫び始める。

「立ち去れ! 立ち去れ!」

(ぼくは……本当にあなたたちに何かするつもりもないし、ただここで仲間を待っていたいだけなんだ!)

 フランクは懇願した。

「言葉が通じないのか! 仕方ない、ロープを持ってこい!」

(……お願いだから! やめて……!)

 フランクは後ずさりした。ぼくは本当に何もするつもりはないんだ!

「おい! こいつおれたちにビビってるぞ!」
「縛りつけろ!」

 血走ったかのような声をあげて男たちがフランクの周りを取り囲む。奇声を上げて何本ものロープを巻きつける。乱暴に体によじ登り、腕や顔を踏みつける。

(やめて! やめて! やめて!)

 フランクは叫び続ける。声は届かない。フランクの目に涙が浮かんだ。
 男たちが地面にいくつもの木の杭を打ち始めた。それにロープを縛りつけ、フランクの体を捕らえて身動きを封じた。

「でかしたな! おまえたち」

 グランドが、グシャン、アロガン、カウアドの三人を褒めた。他の町の男も三人を取り囲み、その勇気ある行動を褒めたたえた。三人は有頂天になる。

 異種族を捕らえた興奮のまだ冷めやらぬ中、グランドが身を引き締めるように言葉を吐いた。

「しかしまだ問題は解決していない。こいつがここに潜んでいたということは、まだ見つかっていない三匹の異種族も、おそらく近くに隠れているだろう。グシャン、アロガン、カウアド、この白い化け物の見張りを頼むぞ。私は町長のドナテラに報告をしに行く。この先の指示を仰ごう。とにかくこのままにはしておけない。そこの二人ついてこい」

 グランドが若い男を二人従えて、町へと急ぎ戻った。

 グランドがドナテラの屋敷に着くと、屋敷の中からノランが出てきた。

「おお。グランドじゃないか、ちょうどよかった。今から君の家に向かおうと思っていたところだ。パールは元気かね?」
「お久しぶりですノランさん。いつ町にお戻りに?」

 久しぶりに会ったノランと挨拶を交わし、グランドは従えた二人を外に置いて、ドナテラの屋敷へと入っていった。

「ドナテラ!」
「あら、グランド、こんな時間にどうしたの? まだ仕事をしてる時間じゃない?」
「町に侵入した異種族の仲間とみられる化け物を捕らえた」
「なんですって?」
「今は森の手前の岩場に拘束してある。どうする?」

 グランドが言うとドナテラは黙り込み頭を悩ませた。捕らえた……ふいに嫌な予感に支配される。不安な気持ちに押し潰されそうになり、声を荒げた。

「どうして捕まえたりしたの! 追い払えばよかったのに!」

 降りかかった種を回避できないとでもいうように、強い口調でグランドに当たった。

「何度立ち去れと命じても無理だったんだ。それに言葉も通じなかった。三匹の異種族もまだ辺りに潜んでいるだろう」

 グランドは「どうする?」と繰り返した。

 ドナテラは町を案じた。一度捕らえてしまったものを簡単には解放すべきではない。

「そうね……もし、このまま異種族を逃がせば、仲間を引き連れて仕返しに来るかもしれないわ……。その岩場はかなり森に近くて危険ね。それに私たちの身動きも取りづらい。ひとまず町の側まで連れてきましょう。東口は町民はまず使用しないわ。あそこならそれほど目立つこともないでしょう。くれぐれも騒ぎ立てないように」

 グランドは了承すると、勢いよく屋敷を出ていった。

 ――本当にこれでよかったのか。

 グランドが出ていった後、一人になったドナテラは、さらに不安な気持ちに襲われる。 

 町には指導者が必要だ。だがその判断の成否は誰にもわからない。何か良くないことが起きそうな予感がしていた。

 ドンドン!

 突然扉を激しく叩く音にドナテラが驚く。町医者が血相を変え屋敷に飛び込んで来て息を切らして言った。

「町長! ノランさんがあなたとグランドさんを、グランドさんのお宅まで連れてこいと!」

 森に近い岩場で白い化け物の見張りをしていたグシャンたちの元へ、グランドがさらに数人を引き連れて戻り指示を出した。

「この白い化け物を町の東まで運ぶぞ。この岩場は町から離れて森に近いので危険だ」

 そうドナテラの判断を伝える。

 グシャンたちは、他の男たちとともに、地面の杭を外した。白い巨大な異種族を引きずるように、町のすぐ側まで運ぶと再び固定した。観念したのか、白い化け物の抵抗はない。

「私はここへ残って見張りをする。残れる者はすべて残れ。町の者が外へ出ないように東口にも見張りを立てろ。町へ戻る者はあまり騒ぎ立てるな。警戒を怠るなよ」

 グシャンが引き続きこの白い化け物の見張りを買って出る。数人が去っていく。
残ったグランドたちは異種族を取り囲むようにして、座り込んだ。

「おい、グシャン。おれはちょっと用事を済ませて来てもいいか?」

 アロガンが見張りは気乗りしないというように言うと、グシャンは呆れて笑った。

「またあの人使いの荒い女のとこかよ? おまえも好きだな!」
「ち、違うよ! バカ! おれはただあそこのミルクゼリーが好物なだけなんだ!」
「ミルクゼリーって顔かよ!」カウアドも笑う。
「この野郎! とにかく用事をすませたら見張りにつくから待ってろ」

 アロガンは町へ戻っていった。

 アマルの店まで来たアロガンは店の前で立ち止まると、よし! と自分に気合いを入れて店へと入っていく。

 カランコロン。

 店のベルの音に続いて「いらっしゃーい!」と店の奥からお馴染みの声がする。
 アマルが出てきた。
「よ、よう!」
「なんだ、あんたかい?」
 アマルはいつものように冷たくアロガンをあしらう。

「おまえな、おれは客だぞ?」
「いつものミルクゼリーだろ? 買ったら早く出ていきなよ」

 アマルはそう言ってから、思い出したようにアロガンを見た。


「そうだ! 今日のミルクゼリーはいつもとちょっと違うよ! 英雄ごっこしてるいつもの二人にも買っておいきよ!」
「英雄ごっこって何だよ」

 ぶつぶつ言いながら、アロガンがショーケースのいつもの場所を見る。下段の左端には定番のカップに入ったミルクゼリーに並んで、丸いクジラ型のミルクゼリーが並んでいた。クリームのデコレーションがしてある。

「へえ、こいつは奇遇だな。おれたちも今しがたこれにそっくりの白いでっかいクジラを捕まえて来たばかりなんだ」

 アマルの顔色が変わった。「あんた、今、何を捕まえたって?」

「なんて怖い顔してるんだよ。安心しろよ、あんなやつ、楽勝だったぜ」

 アロガンは照れたように頭を掻いた。ズボンのポケットに手を突っ込んで、銀貨を取り出そうとする。

 アマルが店の奥に向かって大声を出した。

「あんたたち! 大変だ! フランクが捕まっちまった!」

 店の奥から慌てて飛び出して来た者たちを見て、アロガンは銀貨を落とした。

 アマルは、唖然とするアロガンの胸倉をつかんで「フランクはどこだ!」と叫んだ。

「フ、フランク? フランクって何だよ?」アロガンがオドオドする。

 それ以上にアロガンは、今飛び出して来た三つの姿を見て仰天していた。

 ――あいつらこんなとこにいやがった……。

「その白クジラだよ!」アマルがアロガンを揺さぶる。
「ま、町の外だよっ! 東口だ」
「町の外だ! 急げ!」
「わかったわ!」

 真珠が机の上の紙袋をはっと思い出したようにつかんだ。真珠、マッシュ、クルックスの三人が店を飛び出していった。

 あまりの出来事にまったく状況がつかめていないアロガンに、アマルが「バカ野郎が!」と持っていたフライパンで顔面に一発食らわせた。

 アロガンはそのまま店の床に沈んだ。

「テメー! 今度一日中アガアガ練らせるからな!」
「えぇ! あれ腕がパンパンになんだよ!」

 ほどなく店のドアが勢いよく開いて、ノランが息を切らせて駆け込んで来た。倒れているアロガンと、その隣で立っているフライパンを抱えた娘と目が合った。

「あぁ、これは成り行きだ……。それより父ちゃん、大変だ! フランクが捕まっちまった」
「なんだって? マッシュたちは?」
「今出てったばかりだよ。町の外だ」
「一足違いか! 実はグランドのとこのパールが危ないんだ。いきながら説明しよう。とにかく彼らならパールを救う方法を知っているかもしれない!」

 ノランとアマルは、マッシュたちを追い町の東口へと急いだ。アロガンも続いた。