病室のベッドの上で、真珠(ましろ)は掛け布団をバタバタと叩いて埃を出していた。
 病院はとても清潔で、部屋には必要最低限の物以外は何もない。かろうじて出た埃が沈み切らないうちに真珠は横になり少しだけ頭を起こして、窓から入る光の方を期待に満ちた目で見た。

「きっと……あんまりね。こんなんじゃないわ」

 真珠は諦めたように、頭を大きな白い枕に沈める。

「はあー」

 ダイヤモンドダスト。真珠は昨夜読んだ本の言葉を思い出す。とても寒い地方で空気が澄む明け方に大気中に見られるという。キラキラとかがやく幻想的なものらしい。

「いい考えだと思ったんだけどなあ。この部屋は清潔すぎるわ」
「やだ真珠、ベッドの上で暴れた? 埃が舞ってるじゃない。また咳が出てしまうわよ」

 病室の扉が開いて真珠の母が入ってくる。
 手には白い紙袋、今日の分の薬だ。真珠はげんなりした。

「真珠、今日の薬よ。ここに置いておくわね。一人で飲めるかしら」

 母は薬の入った紙袋をサイドテーブルに置いて、ラジオの電源を入れてから布団の裾を直した。

『……地方は、午後から雨が降るでしょう。降水確率は……』

 ラジオの音をうるさく感じた真珠は、ドアに背を向ける。病室にただひとつだけついている窓には、深く美しい青色のカーテンがついている。真珠はそれを「空色カーテン」と呼んでいた。

 そこから差し込むオレンジ色の光。空の向こうには綿菓子みたいな白い雲。

「調子はどう? 買い物に行ってくるわね。何か欲しいものはある?」

 母が真珠の前を横切って、カーテンまで行き窓を閉める。

「ドーナツ」
 真珠は答えた。

「ドーナツはだめよ」

 真珠の言葉を本気にせずに、母は笑った。

 どうせ食べられないのはわかっている。

 ――自由に走り回れる、健康で元気な体。

 真珠は頭の中で繰り返す。

 ――わたしには叶わないことばっかり!

 母がラジオの電源を切って部屋を出ていく。薬を飲んだ真珠は、空色のカーテンの色合いが少し暗くなったのを感じた。ゴロゴロと雷が遠い空でくすぶっている。雨が降ってきたようだ。

 瞼を閉じる。薬が効いてきたのか。空色のカーテンは見えない。

 雨が窓を鳴らす音だけが部屋に響く。