「私は今回の告発文の犯人が知りたい。なんのためにやったのか、どういう意図があったのかとか……このままでいいはずがないじゃない? だから、セイさんにもここへきて、話し合いに参加して欲しいんだけど……チイトさん、セイさんからってまだ何も連絡きてないですかね?」
途中で話をふると、慌てて姿勢を正し、携帯をチェックする田島。
「あ、ハイ! きてないっす。俺が送ったDM、既読にはなってるんすけどね。無視されてるのか、返事に困ってるのか。面談時間からしたらそろそろ終わる頃だとは思うんすけど……」
「そっか。きてくれるといいんだけど……。特に日暮さんは、こないだのグループDMの内容からしても、もう関わりたくないって感じだったし、あえて顔を出してくれない可能性も高いと思うんですよね」
「それは確かにそうっすね」
「……」
愛莉の言おうとしていることがわかったのか、青木が何か言いたそうな表情で唇をかみしめている。
申し訳ないと思いつつも、愛莉は頼みの綱である青木に自分の要望を申し出る。
「春奈ちゃんにこんなことをお願いするのは気が引けるんだけど、もしできるなら、春奈ちゃんからここに来てもらうよう説得してもらうことってできないかな? もちろん、赤ちゃんがいるなら一緒に来てもらっても構わないし」
「それは……」
「春奈ちゃんだって、告発文の真相、知りたいでしょう?」
「……」
優しく諭され、小さく頷く青木。
彼女はしばらく逡巡したのち、ポツリと口を開いた。
「わかりました……。私から話してみます。もしかしたらSNSのメッセージだけじゃ気づかれなかったり、あえてスルーされる可能性もあると思うので、直接ビルの前で出てくるのを待って、声をかけてみるっていうのでどうでしょうか?」
意を決したような表情だった。
「え、春奈ちゃん、セイさんの顔、知ってるの?」
「はい。一度だけ、子がいてもよければお茶しようって言ってくれて、近場まで会いに行ったことがあるので……」
「そうなんだ! じゃあ、その方がいいのかな?」
「ビルの下はまずいんじゃない? あなた、お母さんが編集部にいるんでしょう? 見つかったら、ここへ戻ってくるどころじゃなくなるんじゃない?」
ふとここで、宵町が鋭い指摘を挟む。青木はハッとして、
「そうでした。……じゃあ、そこの窓からって、ビルの出口見えますかね?」
と、田島の後ろ側にある窓を指差し、首を伸ばしている。
「あ、見えます見えます! みんなを捕まえやすいよう、ビルの出口が見える部屋をあえて選んでいるんで……」
「わかりました。じゃあそこで、セイさんが出てくるのを待って、見えたら、すぐに外へ出ます。ここから駅方面まで一直線ですから、信号が青だったとしても、走っていけば声がけが間に合うと思いますので……」
「助かります。ありがとう、春奈ちゃん」
青木の提案に、愛莉は丁重に礼を述べる。
――かくして席を移動し、窓の外を監視しながら日暮が出てくるのを待つ。
その間、宵町は何かを逡巡し、田島は青木の隣でそわそわしたように外を眺めたり、室内を眺めたり、愛莉をじっと見たりと、忙しなく動いている。
愛莉はこの状況で携帯を弄るような気にもならなかったため、ぼんやり日暮のことを考えていた。
自分が長らく対抗心を抱いてきた日暮とは、いったいどんな人物なのだろうか。
絵文字や文章の雰囲気からすると、どちらかというと若めのギャルといった印象だ。
日暮が今回の告発文の犯人だとしたら、まずはネット上に謝罪文をあげてもらって……と、淡々とした気持ちで今後の流れについて考えを整理していたときだった。
「あ、出てきました」
「! え、どこっすか!」
「あそこです」
「え、どこどこ。双子の赤ちゃん連れた人っすよね? いないっすけど……」
「いえ、今日は一人みたいです。事情が事情だから託児サービスに預けたのかもしれません」
「マジすか。いやでも、それらしい人いないっすけど……」
窓のすぐそばにいた青木と田島が、何やら要領を得ないやり取りをしている。青木はテーブルの上においていたコートを羽織りながら、今一度、窓の外を指差す。
「あそこです。信号のすぐ脇で携帯いじっている人……」
「信号のすぐ脇? え?」
田島が首を捻りながら、日暮であろう人物の特定に勤しんでいる。
愛莉も田島の脇へ移動し、窓の外を見た。青木が指差している方向には、確かに携帯をいじっている人物が一人だけいる。……だがそれは、女性ではない。
「え……。も、もしかして……」
それが意味することに気がついていない田島に代わり、愛莉が動揺したように青木に尋ねる。
青木は小さく頷き、
「ここへきて貰えるよう、話してきますね」
とだけ言い残して、パタパタと部屋を出て行った。
残されたのは、驚きで唖然とする愛莉と、「え、待ってくださいどこっすか。どれがセイさんなんすか⁉︎」と、今だに状況を理解できずに窓に張り付いている田島、そして、一人だけ興味なさそうに銀色のジッポを弄って待つ宵町の三人。
愛莉は今一度、窓の外を見る。
ほどなくして、信号を渡ったその人物が、建物を出て駆けつけてきた青木と接触しているところが視界に入った。
(ああ、やっぱり……)
青木が話しかけた日暮セイは、女性ではない。
――二十代半ばに見える、男性だったのだ。
途中で話をふると、慌てて姿勢を正し、携帯をチェックする田島。
「あ、ハイ! きてないっす。俺が送ったDM、既読にはなってるんすけどね。無視されてるのか、返事に困ってるのか。面談時間からしたらそろそろ終わる頃だとは思うんすけど……」
「そっか。きてくれるといいんだけど……。特に日暮さんは、こないだのグループDMの内容からしても、もう関わりたくないって感じだったし、あえて顔を出してくれない可能性も高いと思うんですよね」
「それは確かにそうっすね」
「……」
愛莉の言おうとしていることがわかったのか、青木が何か言いたそうな表情で唇をかみしめている。
申し訳ないと思いつつも、愛莉は頼みの綱である青木に自分の要望を申し出る。
「春奈ちゃんにこんなことをお願いするのは気が引けるんだけど、もしできるなら、春奈ちゃんからここに来てもらうよう説得してもらうことってできないかな? もちろん、赤ちゃんがいるなら一緒に来てもらっても構わないし」
「それは……」
「春奈ちゃんだって、告発文の真相、知りたいでしょう?」
「……」
優しく諭され、小さく頷く青木。
彼女はしばらく逡巡したのち、ポツリと口を開いた。
「わかりました……。私から話してみます。もしかしたらSNSのメッセージだけじゃ気づかれなかったり、あえてスルーされる可能性もあると思うので、直接ビルの前で出てくるのを待って、声をかけてみるっていうのでどうでしょうか?」
意を決したような表情だった。
「え、春奈ちゃん、セイさんの顔、知ってるの?」
「はい。一度だけ、子がいてもよければお茶しようって言ってくれて、近場まで会いに行ったことがあるので……」
「そうなんだ! じゃあ、その方がいいのかな?」
「ビルの下はまずいんじゃない? あなた、お母さんが編集部にいるんでしょう? 見つかったら、ここへ戻ってくるどころじゃなくなるんじゃない?」
ふとここで、宵町が鋭い指摘を挟む。青木はハッとして、
「そうでした。……じゃあ、そこの窓からって、ビルの出口見えますかね?」
と、田島の後ろ側にある窓を指差し、首を伸ばしている。
「あ、見えます見えます! みんなを捕まえやすいよう、ビルの出口が見える部屋をあえて選んでいるんで……」
「わかりました。じゃあそこで、セイさんが出てくるのを待って、見えたら、すぐに外へ出ます。ここから駅方面まで一直線ですから、信号が青だったとしても、走っていけば声がけが間に合うと思いますので……」
「助かります。ありがとう、春奈ちゃん」
青木の提案に、愛莉は丁重に礼を述べる。
――かくして席を移動し、窓の外を監視しながら日暮が出てくるのを待つ。
その間、宵町は何かを逡巡し、田島は青木の隣でそわそわしたように外を眺めたり、室内を眺めたり、愛莉をじっと見たりと、忙しなく動いている。
愛莉はこの状況で携帯を弄るような気にもならなかったため、ぼんやり日暮のことを考えていた。
自分が長らく対抗心を抱いてきた日暮とは、いったいどんな人物なのだろうか。
絵文字や文章の雰囲気からすると、どちらかというと若めのギャルといった印象だ。
日暮が今回の告発文の犯人だとしたら、まずはネット上に謝罪文をあげてもらって……と、淡々とした気持ちで今後の流れについて考えを整理していたときだった。
「あ、出てきました」
「! え、どこっすか!」
「あそこです」
「え、どこどこ。双子の赤ちゃん連れた人っすよね? いないっすけど……」
「いえ、今日は一人みたいです。事情が事情だから託児サービスに預けたのかもしれません」
「マジすか。いやでも、それらしい人いないっすけど……」
窓のすぐそばにいた青木と田島が、何やら要領を得ないやり取りをしている。青木はテーブルの上においていたコートを羽織りながら、今一度、窓の外を指差す。
「あそこです。信号のすぐ脇で携帯いじっている人……」
「信号のすぐ脇? え?」
田島が首を捻りながら、日暮であろう人物の特定に勤しんでいる。
愛莉も田島の脇へ移動し、窓の外を見た。青木が指差している方向には、確かに携帯をいじっている人物が一人だけいる。……だがそれは、女性ではない。
「え……。も、もしかして……」
それが意味することに気がついていない田島に代わり、愛莉が動揺したように青木に尋ねる。
青木は小さく頷き、
「ここへきて貰えるよう、話してきますね」
とだけ言い残して、パタパタと部屋を出て行った。
残されたのは、驚きで唖然とする愛莉と、「え、待ってくださいどこっすか。どれがセイさんなんすか⁉︎」と、今だに状況を理解できずに窓に張り付いている田島、そして、一人だけ興味なさそうに銀色のジッポを弄って待つ宵町の三人。
愛莉は今一度、窓の外を見る。
ほどなくして、信号を渡ったその人物が、建物を出て駆けつけてきた青木と接触しているところが視界に入った。
(ああ、やっぱり……)
青木が話しかけた日暮セイは、女性ではない。
――二十代半ばに見える、男性だったのだ。