「そう……」
宵町もそう受け取ったのだろう。まっすぐに見つめ返して相槌を打っている。だが当然、それでハイそうですかと納得する彼女ではなかった。
「感情論としてそうかもね。ただ、それは『やってない』証拠にはならない。1ミリでも可能性が残ってるなら、あなたも告発文の容疑者のままってことにはかわりがないわ」
「そう、ですよね……」
宵町のいう通りだ。きっと、今のやり取りがなければ自分もそのことに気がついて、腹の中では青木を疑っていたかもしれない。
宵町は手の中で銀色のジッポを弄びながら続ける。
「まあいいわ。それはそうと、あなたは自分がパパ活をやっていたことを、誰かに話した?」
「今はもう、創作から離れてしまった人ばっかりなんですが〝NARERUYO〟時代の創作仲間で、信頼ができるかつての仲間がごく一部と、あとは……」
「あとは?」
「セイさんです」
「セイさんも知ってたの?」
「はい。頻繁に連絡を取り合ってたわけではないんですが、腹を割ってお互いの近況を話すぐらいには仲がよかったので、ある程度のことは相談していました」
もっと希薄な繋がりかと思っていたが、意外にも、日暮と青木は近しい間柄だったようだ。
仲の良い姉妹のような、あるいは母子関係に近い感覚なのだろうか?
愛莉はふと、気になることを思い出す。
「日暮さんといえば……そうえいば確か、グループDMの件で連絡した時、宵町さんの秘密についても知ってるみたいな感じだったような……」
ついうっかり、ありのままの事実をこぼしてハッとする。
「って、ごめんなさい、別に春奈ちゃんを疑ってるわけじゃないんだけど、そういえば知ってるようなことを言ってたなと思って」
慌てて誤魔化したが、青木から漏れたのではないかと疑っていることがバレバレだったかもしれない。
青木は涙目で必死に訴えるように、語気を強めた。
「誓って私からは話してないです! ただ、その……確かに、ツブヤイターで回っていたヤミさんの自白DMについては見たか聞いたかで知ってたみたいです。セイさん、知り合いに情報通なママ友さんがいるって仰ってましたし、セイさんご自身もとても情報通な方なので……」
確かに二十四時間ツブヤイターにログインしているような感じの日暮なら、エッセイ用のネタ探しとして、あらゆる情報に精通していてもおかしくはない。
青木は目の前にいる宵町に自身の潔白を証明するよう続けた。
「それで、その……私からは決して話してはいないんですが、気付かれて言及されてしまったことはあるんです」
「気付かれてって、ヤミさんとのやり取り相手が春奈ちゃんだってことを?」
「はい。画像流出元のアカウントが、当時私がパパ活していた相手だってことを知っていたので、『このやり取り相手、もしかして春奈ちゃん⁉︎』って。もちろん、曖昧に笑って誤魔化しましたけど……セイさんはそれを肯定ととったみたいで……」
「う、うわっ。それは災難というか……俺がいうのもなんすけど、セイさんの嗅覚もやばいっすね。あの流出はマジで深夜の一瞬の出来事って感じだったのに……」
田島がゾッとしたような顔で苦笑する。
青木は日暮を庇うように、その事情に触れた。
「セイさん、シングルで双子の赤ちゃんを育てていて、寝る間もないっていってましたから。なかなか思うように外にも出られないし、片手間でできるツブヤイターが唯一の居場所だって仰ってましたよ」
「そうなんすね。セイさんの呟き、子煩悩な明るい話ばっかりだし、結構時間ある人なのかなーと思ってたけど、子育てって大変なんすねぇ」
「……」
田島は納得しているが、自由気ままな日暮に、日頃からある種の対抗心のようなものを覚えていた愛莉は、ここで一つの疑惑に行き当たる。
田島、宵町、青木――。
三人の話を聞いた結果、彼らは皆、真実を話しているようにしか見えないし、三人の中には告発文の犯人になり得る人物がいないような気がしている。
また、自分は告発文の犯人ではないことを、自分自身が一番よくわかっているわけで……。
――となれば、必然的に疑惑の目は日暮に向いていた。
自分にとってあまり好感を抱いていなかった日暮が告発文の犯人であれば、配慮すべき背景がある他の三人と違って、遠慮なく咎めることができる。
(そもそも日暮さんの不正ランキングも、決して許せる行為じゃないしね……)
業者に依頼し、不正で頂上に立とうなどと浅はかな愚行をする日暮には、弁明の余地などないようにも思えた。
「……だとすれば、やっぱり日暮さんが告発文の犯人なのかな」
「セ、セイさんがそんなことをするはずは……っ!」
困り顔で前のめりになってくる青木に、愛莉は、穏やかな声で諭すように続ける。
「春奈ちゃん、セイさんの不正ランキングについて、何か聞いてた?」
「……。い、いえ。何も聞いてないです。私はセイさんがそんなことをするはずがないと思ってましたので、これといって言及もしませんでしたし……」
「うん、そうだよね……。春奈ちゃんが日暮さんを信じたい気持ちはわかるし、仲が良いなら尚更言いにくいことなんだけど、でも、もしかしたら春奈ちゃんが見ていた日暮さんは、良い面だけを集めたほんの一部分かもしれなくて、本当は、何か裏がある可能性もないかな?」
「そ、それは……」
愛莉の俯瞰的な意見に、返す言葉なく口ごもる青木。
傍らにいる宵町と田島は、愛莉の話をただ黙って聞いていた。
宵町もそう受け取ったのだろう。まっすぐに見つめ返して相槌を打っている。だが当然、それでハイそうですかと納得する彼女ではなかった。
「感情論としてそうかもね。ただ、それは『やってない』証拠にはならない。1ミリでも可能性が残ってるなら、あなたも告発文の容疑者のままってことにはかわりがないわ」
「そう、ですよね……」
宵町のいう通りだ。きっと、今のやり取りがなければ自分もそのことに気がついて、腹の中では青木を疑っていたかもしれない。
宵町は手の中で銀色のジッポを弄びながら続ける。
「まあいいわ。それはそうと、あなたは自分がパパ活をやっていたことを、誰かに話した?」
「今はもう、創作から離れてしまった人ばっかりなんですが〝NARERUYO〟時代の創作仲間で、信頼ができるかつての仲間がごく一部と、あとは……」
「あとは?」
「セイさんです」
「セイさんも知ってたの?」
「はい。頻繁に連絡を取り合ってたわけではないんですが、腹を割ってお互いの近況を話すぐらいには仲がよかったので、ある程度のことは相談していました」
もっと希薄な繋がりかと思っていたが、意外にも、日暮と青木は近しい間柄だったようだ。
仲の良い姉妹のような、あるいは母子関係に近い感覚なのだろうか?
愛莉はふと、気になることを思い出す。
「日暮さんといえば……そうえいば確か、グループDMの件で連絡した時、宵町さんの秘密についても知ってるみたいな感じだったような……」
ついうっかり、ありのままの事実をこぼしてハッとする。
「って、ごめんなさい、別に春奈ちゃんを疑ってるわけじゃないんだけど、そういえば知ってるようなことを言ってたなと思って」
慌てて誤魔化したが、青木から漏れたのではないかと疑っていることがバレバレだったかもしれない。
青木は涙目で必死に訴えるように、語気を強めた。
「誓って私からは話してないです! ただ、その……確かに、ツブヤイターで回っていたヤミさんの自白DMについては見たか聞いたかで知ってたみたいです。セイさん、知り合いに情報通なママ友さんがいるって仰ってましたし、セイさんご自身もとても情報通な方なので……」
確かに二十四時間ツブヤイターにログインしているような感じの日暮なら、エッセイ用のネタ探しとして、あらゆる情報に精通していてもおかしくはない。
青木は目の前にいる宵町に自身の潔白を証明するよう続けた。
「それで、その……私からは決して話してはいないんですが、気付かれて言及されてしまったことはあるんです」
「気付かれてって、ヤミさんとのやり取り相手が春奈ちゃんだってことを?」
「はい。画像流出元のアカウントが、当時私がパパ活していた相手だってことを知っていたので、『このやり取り相手、もしかして春奈ちゃん⁉︎』って。もちろん、曖昧に笑って誤魔化しましたけど……セイさんはそれを肯定ととったみたいで……」
「う、うわっ。それは災難というか……俺がいうのもなんすけど、セイさんの嗅覚もやばいっすね。あの流出はマジで深夜の一瞬の出来事って感じだったのに……」
田島がゾッとしたような顔で苦笑する。
青木は日暮を庇うように、その事情に触れた。
「セイさん、シングルで双子の赤ちゃんを育てていて、寝る間もないっていってましたから。なかなか思うように外にも出られないし、片手間でできるツブヤイターが唯一の居場所だって仰ってましたよ」
「そうなんすね。セイさんの呟き、子煩悩な明るい話ばっかりだし、結構時間ある人なのかなーと思ってたけど、子育てって大変なんすねぇ」
「……」
田島は納得しているが、自由気ままな日暮に、日頃からある種の対抗心のようなものを覚えていた愛莉は、ここで一つの疑惑に行き当たる。
田島、宵町、青木――。
三人の話を聞いた結果、彼らは皆、真実を話しているようにしか見えないし、三人の中には告発文の犯人になり得る人物がいないような気がしている。
また、自分は告発文の犯人ではないことを、自分自身が一番よくわかっているわけで……。
――となれば、必然的に疑惑の目は日暮に向いていた。
自分にとってあまり好感を抱いていなかった日暮が告発文の犯人であれば、配慮すべき背景がある他の三人と違って、遠慮なく咎めることができる。
(そもそも日暮さんの不正ランキングも、決して許せる行為じゃないしね……)
業者に依頼し、不正で頂上に立とうなどと浅はかな愚行をする日暮には、弁明の余地などないようにも思えた。
「……だとすれば、やっぱり日暮さんが告発文の犯人なのかな」
「セ、セイさんがそんなことをするはずは……っ!」
困り顔で前のめりになってくる青木に、愛莉は、穏やかな声で諭すように続ける。
「春奈ちゃん、セイさんの不正ランキングについて、何か聞いてた?」
「……。い、いえ。何も聞いてないです。私はセイさんがそんなことをするはずがないと思ってましたので、これといって言及もしませんでしたし……」
「うん、そうだよね……。春奈ちゃんが日暮さんを信じたい気持ちはわかるし、仲が良いなら尚更言いにくいことなんだけど、でも、もしかしたら春奈ちゃんが見ていた日暮さんは、良い面だけを集めたほんの一部分かもしれなくて、本当は、何か裏がある可能性もないかな?」
「そ、それは……」
愛莉の俯瞰的な意見に、返す言葉なく口ごもる青木。
傍らにいる宵町と田島は、愛莉の話をただ黙って聞いていた。