「そんな……それはじゃあ……」
「信じてもらえないかもしれませんが、本当に不可抗力だったんです。結局、隠していた商業アカウントも知られてしまって、あのソース画像にあったサイン入り本の写真も撮る羽目になっちゃいましたし、稼ぐ方法がパパ活から印税やコンテストの賞金に変わって付き合いがなくなった今でも、その人に商業アカウントを監視されて度々連絡がくるような状態だから精神的にもきついですし……」
 辛そうな表情で語る青木。おそらくソース画像にあった〝Jおぢたん〟のことだろう。田島が顔を顰めて提案する。
「ちょ、それこそペンネーム変えたりするわけにはいかないんすか?」
「親が印税に目をつけていますので、絶対に許してくれないんです。無名になったら確実に売り上げは落ちるでしょうし、『青木春奈』じゃなかったら書き下ろしの依頼も来なくなると思いますから」
「あぁ、そうか……」
「本当は親にも内緒で、現実逃避するために書き始めた小説だったんですけどね。同意を得るために必要だったとはいえ、パパ活から縁が切れるならと思って、安易に親に相談してしまったのが間違いでした。今じゃもう、黒歴史に怯えながら印税のためだけに小説を書く、ただの執筆マシーンです」
 青木は全てを諦めているかのように苦笑し、無力な自分を嘆くように呟く。
「そんな背景があったんですね……」
 愛莉にとっての『青木春奈』は、周りにチヤホヤされているだけの苦労知らずなキラキラ女子高生というイメージしかなかった。
 しかし現実の彼女は、あまりにも過酷な運命を背負って生きてきている。
 とてもじゃないが嘘をついている顔には見えないし、話の流れにも特段の違和感がない。
 おそらく彼女は真実だけを告げているのだろうと、愛莉は判断することにした。
「あの、ヤミさんっ」
「……」
 青木は宵町に向かって震える声を張り上げると、返事も待たずに勢いよく頭を下げる。
「大事な秘密を流してしまって、本当にごめんなさい。取り返しのつかないことをしてしまったのはわかってます。謝っても許されないこともわかってます……。でも……でも、どうしても謝りたくて。私のせいで……本当に……本当に……」
「もういいよ」
「……!」
 すると、それまで黙っていた宵町が、謝罪を遮るよう、唐突に口を開いた。
 顔をあげ、驚いたように宵町を見る青木。
 愛莉も田島も、ただ黙って二人の成り行きを見守る。
「もういい。そりゃ、何してくれてんだって気持ちもあるけど、毒親の件が絡んでるんじゃこれ以上責めようもないし。あなたから距離を取ったのは、単に自衛がしたかっただけだから」
「や、ヤミさん……」
 宵町はそこまで言ってから、手に持っていた銀色のジッポをテーブルの上に置き、組んだ足の上に右手で頬杖をつく。そして、一歩踏み込むよう青木に向かって尋ねた。
「それで……今は大丈夫なわけ? 親、待たせてるんじゃないの?」
「あ、いえ、その、今は大丈夫です。ついさっきまで編集部との面談だったんですけど、『パパ活疑惑』についてのことや、今後のことについて色々編集部と話がしたいから、お前は外で二、三時間、適当に潰してこいって言われているので……」
 なるほどね、といった調子で頷く宵町。
 いったいどんな話をしているのかはわからないが、編集部も大変だなと引き攣り笑いをこぼしそうになる愛莉。宵町はさらにその先を続けた。
「なら、気にせず話すけど。……いいの? 今、聞いたことが全て真実だとすれば、あなたが告発文の犯人だって疑われる可能性が高くなると思うけど」
「……!」
「だってそうでしょう。あなた、好きで小説を書いているんじゃないんだったら、自分で自分の首を絞めるような告発文を書いたってなんら問題がない。むしろ、もう『青木春奈』を辞めたいから、周りを道連れにして自爆するような告発文を書いた、と仮定しても不思議はないじゃない」
「……っ」
「た、確かに……!」
 目から鱗とでもいうように、田島が同調する。
 青木はすぐさま、青白い顔をブンブンと横に振った。
「そ、そんなことしません! 書くのをやめたら、またパパ活の強要に逆戻りさせられるかもですし、それに……」
「それに?」
「私、ヤミさんやセイさんには、辛い時に寄り添ってもらえて本当に感謝してるんです。そんな恩人のような人たちを蹴落としたり巻き込んだりするはずがないですし、もし本当にそんな目的で告発文を書くとするなら、きっと自分のことだけを書いてると思います。自分さえ辞められればそれで充分なので……」
 青木はまっすぐな瞳で宵町を見つめ、そう断言する。
 偽りのない、純粋な眼差しだ。