「アンタが告発文の犯人じゃないにしても、誹謗中傷して、人のプライバシーをネタに脅してたのは事実じゃない」
「はい……それはもう、本当に申し訳ないです……」
「謝りゃいいって問題じゃないし、あーもうホント最悪よ……。暗闇のどん底から這い上がるための創作活動だったってのに……結局素性バラされて……アタシの作家生命はもう終わりだわ……」
 嘆くような宵町の言葉に、田島がハッとしたように顔を上げて口を挟む。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよヤミさん。脅してた俺が言うのもなんなんすけど、そんな簡単に筆を折るとか……」
「どこの出版社が殺人者の小説を採用してくれるっていうのよ」
「で、でも! も、もしかしたら、言い方は悪いけど『話題になるから』ってとってくれるところもあるかもしれないし、それがダメなら最悪、ペンネームを変えるとか……」
 バンッと、持っていた煙草のケースをテーブルに置く宵町。
 愛莉だけでなく、食い下がろうとしていた田島でさえも、ドキッとして体を強張らせる。
 宵町は、ひどく憤った顔をしていた。
「『話題』……? 実力とは関係ないそんなどうでもいい部分で評価されたいとも思わないし、そもそもしんどい過去を抱えて生きていくだけでも精一杯なのに、そんな誹謗中傷の的になるようなレッテル背負って作家なんかやっていけると思う? アンタ、〝ぷんぷん丸〟のくせにそれぐらいもわからないの?」
「うぐ、そ、それは……」
「それにペンネーム変えたところで文体の癖はそう簡単には直せない。気づく人は気づくでしょうし、変えるにしたってそれなりの覚悟はいる。他人事だと思って簡単に言わないでよ!」
 宵町の言うことはもっともだ。
 田島が叱られた子どものように縮こまっている。だが、それでも彼は、食い下がるように続けた。
「失礼なこと言ってすみません……。でも、その……」
「何よ⁉︎ はっきり言えば⁉︎」
「俺は、ヤミさんの才能が……個性が羨ましいから、嫉妬して叩き落とそうとしてたんです」
 それはきっと、彼の本音。
 宵町が感情のこもらない瞳で見下ろすが、田島は負けじと、自分の本心を吐露する。
「誰かに嫉妬されるぐらいのすっげえ才能があって……ノベ大の受賞候補にだってなれるぐらいの実力もあんのに……それなのに、必死こいてしがみつこうともせず、そんなあっさり辞めるとか言われちゃうと、なんつうか……それはそれで解せないっていうか……」
「……」
「むしろ、ヤミさんが告発文の犯人なんじゃないっすか」
 シン、とする室内に、ポツリとこぼされた本音。
 ぎょっとする愛莉のそばで、宵町の瞳がこの上なくぎらりと殺意を帯びたのがわかった。
「田島、アンタね……」
「わかってます! ヤミさんの立場では色々難しい状況だってことはよくわかりましたし、とんでもなく失礼なことを言ってるのもわかってるんですけど……でも、俺は、もし出版社に『炎上覚悟で叩かれてもよければ大賞あげるよ』って言われたら貰います。しがみついてでも大賞が欲しいです。それぐらいの気持ちがあったから道を踏み間違えたわけだし、多分、他の候補者たちだって、それぐらいの気概はあるんじゃないですかね? いやわからんっすけど……」
「……」
「ようはそれぐらいの気持ちがあるからこそ、絶対に自分で自分の首を締めるような告発文なんて晒すわけがないんです。それに……」
 窮鼠猫を噛む、とはよくいったものだ。押し黙る宵町を前に、意を決した田島の反撃が止まらない。
「あの俺に対しての告発文に貼られていたソース画像、見ました? 小説投稿サイトのアカウント切り替え画面に、〝田島チイト〟と〝ぷんぷん丸〟のアイコンが並んで映っているスクショなんすけど……。あれ、撮れたの、候補者五人のうち、ヤミさんだけなんすよね」
「……!」
 驚いたように田島を見る愛莉。
「え、どういうことですか?」
「あの茶会の日、俺、最初ヤミさんと二人きりだったじゃないですか。でも会話が続かなかったんで、結構な頻度で俺が離席してて、何回か携帯を部屋に置いたまま出ちゃったんすよね」
 思い返してみればそんなことを言っていた気がするし、愛莉が到着した時も、確かに携帯を置き忘れていたことを宵町に指摘されていた気がする。田島は続けた。
「俺、沈黙がきつくて割と頻繁に携帯触ってたんで、俺が部屋を出てすぐ、パスコードがかかる前に携帯に触れば、暗証番号を知らなくても中身を確認できたと思うんですよ。だから……」
「いい加減にしてよ! なんで私が、自分で自分の首を締めるような告発文、書かなきゃならないわけ⁉︎」
 ぎろ、と、まるで目で殺すかのような鋭い視線が飛ぶ。
 ぎょっとしたように尻込みする田島。宵町はハァ……と、深いため息をついた後、冷静に田島の邪推を打ち砕きにかかった。