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 宵町の顔を見た瞬間、田島の顔が強張る。
「よ、宵町さん。来てくれたんですね。お呼び立てしてすみません。編集部との面談はもう終わっ……」
 返事がなかったため、今一度呼びかけて、ひとまず着席を促そうと思った時だった。
 宵町がひどい剣幕でツカツカと室内に入ってきて、床に膝をついていた田島の胸ぐらをぐいと掴み上げる。
「……!」
「田島っ……よくもしれっと呼び出せたわね! あの脅しはやっぱりアンタの仕業だったのね⁉︎ ノベ大に勝ちたいからって人のプライバシー盾にとって……信じられない最低!!」
 興奮しているためか語気が荒く、その迫力に圧倒される。凄まれている田島自身も「う」とか「あぅ」とか、呻くので精一杯といった様子だ。
 愛莉は慌てて立ち上がり、二人の間に入る。
「ちょ、ちょっと待ってください宵町さん、一旦落ち着いてください」
「落ち着いていられるわけがないでしょう⁉︎ コイツがアタシのプライバシー晒したせいでツブヤイターの通知もノベルマのコメント欄も殺人鬼扱いで読者投票どころじゃないわよ!!」
「それは、そうかもしれませんけどっ……でも……っ」
 憤慨で顔を真っ赤にする宵町と、自責の念で再び顔を真っ青にしている田島。
 そんな正反対な顔色の二人を静かに見比べた愛莉は、意を決して自分の気持ちをぶつける。
「告発文の犯人は、チイトさんじゃないと思います」
「な」
「……! 愛莉さん……」
 驚いたように自分を見る田島。宵町は訝しげに眉を顰めると、一旦、浅い呼吸を吐き出してから、平常心を取り戻すよう田島の胸ぐらを離す。
「なに、擁護? っていうか、あなた達って付き合ってたの?」
「そっ、そういうんじゃないです! でも、私も今さっき、宵町さんと同じようにチイトさんの仕業じゃないかって疑ってたんですが、お話を聞く限りじゃどうも、そうではないみたいで……」
 これといった確証があるわけでもないので、やや気圧され気味になりつつもきっぱりとそう告げる。すると宵町は、ふうん、と鼻で唸ってから、愛莉の事をきっと睨みつけた。
「そんなの証拠がなきゃ信じられないし、あなた達が共犯で、うまいこと結託して印象操作してるって可能性だってあるじゃない」
「そ、そんなことしませんっ」
「じゃあ聞くけど。告発文の犯人はともかくとして、田島と皇サン。あなた達、あの掲示板に書かれていることは事実?」
 冷めた目で愛莉を見つめてくる宵町。
 愛莉はゾッとするように尻込みしながらも、声を震わせて否定する。
「わっ、わたしは違います。誤解なんです」
「ふうん、そう。まあ、貴女は近況報告にもお気持ち表明してたものね。言いたいことは山々あるけどそれはひとまず置いておくことにして……で、田島は?」
「俺は、その……」
 以前は敬称をつけて呼んでいたはずなのだが、いつの間にか田島呼びになっている。
 よほど彼女は田島が許せないのだろう。口ごもる田島を、妥協を許さない眼差しで睨みつけていた。
 田島は怯えたように一旦視線を逸らして愛莉を見る。その視線が所在なげに床に落ちたかと思えば、彼は素直に頷いてみせる。
「……すみません、事実です……」
「でしょうね。アタシは最初っからアンタが〝ぷんぷん丸〟だと思ってた。誹謗中傷を無視したのが許せないからって、ツブの方で脅しまでするとかマジ最低。アタシが人殺しだっていうプライベート情報、いったいどこで手に入れたってわけ?」
 ――そういえば宵町は、〝ぷんぷん丸〟から届いていた誹謗中傷を無視していたら、徐々にエスカレートして脅しに変わったとか、『〝秘密の過去〟を晒されたくなければ最終選考を辞退しろ』といった具合に脅されていた、と明かしていた。
 田島が宵町の〝秘密の過去〟――『殺人の前科持ち』といった情報をあらかじめ持っていて、それをネタに宵町を脅していたのだとすれば、宵町が『告発文の犯人』=『ぷんぷん丸』=『田島』だと解釈して憤慨していても不思議ではない。
 田島はいったい、どこから『宵町の秘密の過去』の情報を手に入れていたというのか。
 宵町と愛莉、双方の注目を浴びた田島は覇気のない顔で俯いたまま、ポツリと答えた。
「えと、その……告発文のソース画像に、ヤミさんの自白画像があったじゃないですか。ほら、個人DMで『自分は親を殺した』って白状してるやり取りのスクリーンショット。あれ、だいぶ前にツブで回ってきたことあるんすよね」
「……」
「……! え、そうなんですか?」
 思わず声を裏返す愛莉に、田島は頷いて肯定する。
「はい。ただ、出元がイマイチ不明な投稿だったし、騒ぎが大きくなる前にすぐに消されちゃってたんで、『単なるデマじゃね』って片付けられてあっさり終わってたんですけど、肝心のヤミさんが沈黙したままだったんで、俺的にはちょっと気になるなと思って、半信半疑でなんとなく覚えてたんですよね」
「そんなことがあったんですか……」
 驚いたようにこぼす愛莉の隣で、やはり宵町は沈黙を貫いている。
「はい。なので、ちょっと言い訳がましく聞こえるかもしれないんすけど、俺の脅しはほぼカマかけみたいなもので、実際の根拠があったわけじゃないんです」
「……」
「いやほんとマジですって。以前にツブで回ってきた画像もスクショしてなかったんで、ヤミさんに証拠出せって言われたらズラかる気満々だったし……」
 不謹慎なことをさらりと言う田島だが、宵町にぎろりと睨まれると、急にしおらしく背を丸めて「って、ホントすみませんでした……」と、涙目になりながら謝罪している。
 宵町は苛立たしげにふうと息をつき、近くの席にどっかりと腰をかけて足を組む。
 そして彼女は、羽織っていたメルトンコートのポケットから素早く煙草のケースを取り出して、そのうちの一本を引き上げてすぐにでもそれを吸いたそうに手の中で弄んでいたのだが、ここが禁煙ルームであることや、愛莉たちに配慮してくれたのだろう、諦めたようにケースの中に押し戻す。
 一息ついた後、両手で頭を抱え、むしゃくしゃしたように髪の毛をかきむしってから、ポツリとこぼした。