「はい……ただ、本当に俺、誹謗中傷をしていたっていうつもりはないんです。匿名で、他人の作品を辛口批評していたような感覚で……」
「やられた側は、誹謗中傷も辛口批評も傷つくことには変わりがないし、そんなの匿名で他者を叩いて良い理由にはならないです」
「……」
「私はきっと、チイトさんが放った卑劣で毒のような言葉を、一生忘れられないと思います」
自分でも、驚くほど冷たく、強い口調で言い放っていた。
信頼できると思っていた人に裏切られたからだろうか。つい先日まで人懐っこく笑いかけてくれていたあの優しい笑顔は、全部偽物だったのかと思うと、ひどく胸が痛かった。
思わず瞼が熱くなる。
「ほんとに……本当に……すみませんでした……」
そんな愛莉を見て、心の底から反省するよう、床に埋まるのではないかと思えるぐらい頭を下げて詫びる田島。
愛莉はなんとも言えない気持ちになり、しばし胸を抑えて乱れかける呼吸を整える。
長い沈黙の後、ゆっくりと顔を上げた愛莉は、核心に触れるようポツリとつぶやいた。
「匿名でそういうことができるっていうなら、やっぱりあの告発文も……」
「そ、それだけは違う!」
当てどころのない憤りをぶつけようと、皮肉めいたつもりだった。
しかしこれには、田島が勢いよく顔を上げて真っ向から反論してくる。
「確かに俺、自分に自信がなくて、批判コメントで他人を蹴落とそうって卑怯なことはしたけど……でも、あくまでそれは、どうしても自分が大賞を獲って、自分が〝一位〟になりたかったからです」
嘘偽りのない、正直な申告。
「候補者集めて茶会を開こうと思ったのも、グループDMしようと思ったのも、単純に自分に自信がないから、他者の動向を探って対策を練ろうとしたり、あわよくば皆の人気に便乗して宣伝しようとしてただけっていうのがそもそもの発端で……。それなのに、わざわざ自分で自分のチャンスを潰すようなこと、するわけがないっす」
まっすぐな眼差しで真摯に訴えてくる田島。
行為の善悪はともかくとして、田島の言ってることはまともだ。
彼の発言の真意を確かめる手立てはないが、演技をしているようにも見えないし、彼の主張には一貫性がある。ここまで勝利を掴むことに必死だった彼にとって、裏の顔を暴かれて困るのは、誰よりも自分自身であったはずだ。
「それはそうかもしれませんが……じゃあ、いったい誰があんなこと……」
「あれから宣伝配信も中止になっちゃったし、グループDMに誰も顔を出さなくなっちゃったんで、結局誰が犯人なのかはわからないままっすけど……。あの書き込み以降、ツブヤイターの創作界隈はかなり炎上してるし、正直、候補者全員にとって、なんのメリットにもならないと思うんすよね」
田島の呟きに、愛莉は小さく頷く。
ノベルマ大賞の大賞者は、賞金の授与や書籍化だけでなく、次年度のスターライト出版の推し作家にもなる。
誹謗中傷魔、パクリ魔、前科持ち殺人犯、パパ活常習者、ランキング不正者。
そんなレッテルが貼られた作家では、スターライト出版のクリーンなイメージも台無しになってしまうだろう。
「やっぱり炎上してるんですね……」
「愛莉さん、ネット、見てないんすか?」
「声明文を上げて以来、見てないです。絶対にメンタルがやられると思ったので……」
苦笑気味にこぼすと、田島は同じように苦々しい笑みを浮かべてポツリと漏らす。
「あ、ノベルマの近況報告ですよね。それ、見ました。しっかり自分の意見を主張されてて、やっぱかっこいいなーと思いましたもん」
愛莉は目を瞬く。
「チイトさんは何か声明文的なもの、上げなかったんですか?」
「あげてないすね。俺のはなんか、一部は事実だし簡単には言い訳ができないことっすから。本当は素直に認めて謝罪するのがベストなんでしょうけど、でも俺が『事実です』って認めちゃったら、あの告発文にある愛莉さんや、他の候補者たちの疑惑まで肯定だと受け取られちゃう可能性もあると思って、何も言えなかったんすよ」
――なるほど、そういう考え方もあったか、と、愛莉は虚をつかれたような気持ちになった。
確かに田島が認めれば、あの告発文は『事実だ』と早合点する人間が増えるだろう。そうすれば、自ずと他の候補者たちの疑惑にも信憑性が増してしまい、現在継続中の読者投票にも影響が出てしまう。それは、愛莉が考えても見なかった視点だった。
「そう……だったんですね」
納得したように相槌を打つと、田島は目を伏せて、力なく微笑んだ。
その自戒に苛まれた表情を見て、愛莉の胸がちくりと痛む。
「あの……」
「……はい」
「勘違いだったら恥ずかしいんですが、もしかして……わたしの声明文を見て、配慮してくれたんですか?」
ストレートな投げかけに、田島はぎくりとしたように目を瞬かせる。
「あー……いや、まあ……愛莉さんのためなら、それぐらいは当然っつうか……あ、いやでも、愛莉さん以外の他の候補者たちも沈黙貫いてましたけどね」
「そうなんです?」
「はい。俺と同じ理由かどうかはわからないですが、人殺しにしたって、パパ活にしたって、不正ランキングにしたって、仮に事実無根だとしても、あれだけ確実な証拠画像突き付けられたらそれは違うって証明するのが難しい案件だろうし、簡単に弁明できるようなモンじゃないっすからね。むしろ迂闊には何も言わない方が……」
――と、田島が自分なりの考えを口にした時だった。
バンッと、勢いよく部屋の扉が開き、ソファに座っていた愛莉と、床に膝をついていた田島が、ぎょっとしたように身体をびくりと震わせ、勢いよく扉の方を向く。
するとそこには――。
「……!」
「よ、宵町さん……?」
「はあっ、はぁっ」
血眼になってここまで駆けつけたと思しき宵町闇が、額に汗を滲ませ、息を乱しながら立っていたのだった。
「やられた側は、誹謗中傷も辛口批評も傷つくことには変わりがないし、そんなの匿名で他者を叩いて良い理由にはならないです」
「……」
「私はきっと、チイトさんが放った卑劣で毒のような言葉を、一生忘れられないと思います」
自分でも、驚くほど冷たく、強い口調で言い放っていた。
信頼できると思っていた人に裏切られたからだろうか。つい先日まで人懐っこく笑いかけてくれていたあの優しい笑顔は、全部偽物だったのかと思うと、ひどく胸が痛かった。
思わず瞼が熱くなる。
「ほんとに……本当に……すみませんでした……」
そんな愛莉を見て、心の底から反省するよう、床に埋まるのではないかと思えるぐらい頭を下げて詫びる田島。
愛莉はなんとも言えない気持ちになり、しばし胸を抑えて乱れかける呼吸を整える。
長い沈黙の後、ゆっくりと顔を上げた愛莉は、核心に触れるようポツリとつぶやいた。
「匿名でそういうことができるっていうなら、やっぱりあの告発文も……」
「そ、それだけは違う!」
当てどころのない憤りをぶつけようと、皮肉めいたつもりだった。
しかしこれには、田島が勢いよく顔を上げて真っ向から反論してくる。
「確かに俺、自分に自信がなくて、批判コメントで他人を蹴落とそうって卑怯なことはしたけど……でも、あくまでそれは、どうしても自分が大賞を獲って、自分が〝一位〟になりたかったからです」
嘘偽りのない、正直な申告。
「候補者集めて茶会を開こうと思ったのも、グループDMしようと思ったのも、単純に自分に自信がないから、他者の動向を探って対策を練ろうとしたり、あわよくば皆の人気に便乗して宣伝しようとしてただけっていうのがそもそもの発端で……。それなのに、わざわざ自分で自分のチャンスを潰すようなこと、するわけがないっす」
まっすぐな眼差しで真摯に訴えてくる田島。
行為の善悪はともかくとして、田島の言ってることはまともだ。
彼の発言の真意を確かめる手立てはないが、演技をしているようにも見えないし、彼の主張には一貫性がある。ここまで勝利を掴むことに必死だった彼にとって、裏の顔を暴かれて困るのは、誰よりも自分自身であったはずだ。
「それはそうかもしれませんが……じゃあ、いったい誰があんなこと……」
「あれから宣伝配信も中止になっちゃったし、グループDMに誰も顔を出さなくなっちゃったんで、結局誰が犯人なのかはわからないままっすけど……。あの書き込み以降、ツブヤイターの創作界隈はかなり炎上してるし、正直、候補者全員にとって、なんのメリットにもならないと思うんすよね」
田島の呟きに、愛莉は小さく頷く。
ノベルマ大賞の大賞者は、賞金の授与や書籍化だけでなく、次年度のスターライト出版の推し作家にもなる。
誹謗中傷魔、パクリ魔、前科持ち殺人犯、パパ活常習者、ランキング不正者。
そんなレッテルが貼られた作家では、スターライト出版のクリーンなイメージも台無しになってしまうだろう。
「やっぱり炎上してるんですね……」
「愛莉さん、ネット、見てないんすか?」
「声明文を上げて以来、見てないです。絶対にメンタルがやられると思ったので……」
苦笑気味にこぼすと、田島は同じように苦々しい笑みを浮かべてポツリと漏らす。
「あ、ノベルマの近況報告ですよね。それ、見ました。しっかり自分の意見を主張されてて、やっぱかっこいいなーと思いましたもん」
愛莉は目を瞬く。
「チイトさんは何か声明文的なもの、上げなかったんですか?」
「あげてないすね。俺のはなんか、一部は事実だし簡単には言い訳ができないことっすから。本当は素直に認めて謝罪するのがベストなんでしょうけど、でも俺が『事実です』って認めちゃったら、あの告発文にある愛莉さんや、他の候補者たちの疑惑まで肯定だと受け取られちゃう可能性もあると思って、何も言えなかったんすよ」
――なるほど、そういう考え方もあったか、と、愛莉は虚をつかれたような気持ちになった。
確かに田島が認めれば、あの告発文は『事実だ』と早合点する人間が増えるだろう。そうすれば、自ずと他の候補者たちの疑惑にも信憑性が増してしまい、現在継続中の読者投票にも影響が出てしまう。それは、愛莉が考えても見なかった視点だった。
「そう……だったんですね」
納得したように相槌を打つと、田島は目を伏せて、力なく微笑んだ。
その自戒に苛まれた表情を見て、愛莉の胸がちくりと痛む。
「あの……」
「……はい」
「勘違いだったら恥ずかしいんですが、もしかして……わたしの声明文を見て、配慮してくれたんですか?」
ストレートな投げかけに、田島はぎくりとしたように目を瞬かせる。
「あー……いや、まあ……愛莉さんのためなら、それぐらいは当然っつうか……あ、いやでも、愛莉さん以外の他の候補者たちも沈黙貫いてましたけどね」
「そうなんです?」
「はい。俺と同じ理由かどうかはわからないですが、人殺しにしたって、パパ活にしたって、不正ランキングにしたって、仮に事実無根だとしても、あれだけ確実な証拠画像突き付けられたらそれは違うって証明するのが難しい案件だろうし、簡単に弁明できるようなモンじゃないっすからね。むしろ迂闊には何も言わない方が……」
――と、田島が自分なりの考えを口にした時だった。
バンッと、勢いよく部屋の扉が開き、ソファに座っていた愛莉と、床に膝をついていた田島が、ぎょっとしたように身体をびくりと震わせ、勢いよく扉の方を向く。
するとそこには――。
「……!」
「よ、宵町さん……?」
「はあっ、はぁっ」
血眼になってここまで駆けつけたと思しき宵町闇が、額に汗を滲ませ、息を乱しながら立っていたのだった。