「思い出しました」

 ハルが聖亜に向かって言う。

「なんでボクがここに来たのか」

 聖亜は黙っている。ハルの声が聞こえているのだろうか。

「ボク、あんたが死ぬのを止めるために来たんです」

 僕は呆然と、ハルと聖亜の顔を見比べる。
 ハルはその場にしゃがみ込み、聖亜に視線を合わせて言う。

「ボク、何度も見てました。あんたがフェンスによじ登ろうとしてたのを、あの窓から」

 ハルが腕を伸ばして指を差す。
 フェンスの向こうにある、高くて白い建物を。

「大学病院……?」

 つぶやいた僕をちらっと見て、ハルがうなずく。

「あそこの窓からいつも……何度も飛び降りようとしてはやめていた、この人を見てました」

 僕は聖亜に向かって聞く。

「聖亜! ハルの声、聞こえてる?」
「ああ、聞こえてるよ。姿は見えねーけど」

 聞こえているんだ。
 それはきっと、ハルにとっても聖亜にとっても、お互いが重要な人物だから。

「聖亜。飛び降りようとしてたって、ほんとなの?」

 聖亜がこくんとうなずく。

「ほんとだよ。一年のころな。何度も死のうとしたけど、死ねなかった」

 僕はぎゅっと唇を噛むと、今度はハルに向かって聞いた。

「ハルはそれを病院の窓から見てたんだね?」
「はい。見てました」
「ということは……入院してたってこと?」

 胸の中がざわつきはじめる。
 大学病院に入院していたってことは、重い病気か、ひどい怪我……。
 そしてもしかしたらそのせいでハルは……。

「そうです、入院してたんです。そしてたぶん……ユズの想像しているとおりだと思います」

 ハルは、死んだんだ。あの病院で。
 それで聖亜に飛ぶのをやめさせようとして、ここに……。