「でもハルは……僕以外、誰にも見えないんだ」

 僕の声に、聖亜が動きを止める。

「誰にも声が届かず、誰にも触れることができない。僕たちが帰ったあとも、真っ暗な校舎にたったひとりで残らなくちゃいけない。話し相手もいなくて、寂しくて、それがいつまで続くのかもわからなくて、明るい未来もない」

 聖亜がごくんと唾を飲んだのがわかった。

「だからハルは……成仏することを望んでる」
「でもそんなことしたら……」

 そこで一度言葉を切ってから、聖亜が絞り出すような声で言った。

「そいつ、消えちまうんだろ?」

 部屋の中が静まり返る。
 僕はうつむいてしまった聖亜に向かって聞く。

「聖亜は……ハルにいなくなってほしくないの?」

 聖亜はなにも答えない。
 僕は膝をつき、聖亜の顔をのぞき込むようにして尋ねた。

「ハルって……誰なの?」
「……知らねぇ」
「ハルは聖亜のこと、大事な人って言ったんだよ?」

 聖亜がハッと顔を上げる。
 僕はその目を見つめて言う。

「ハルはバスケをしている聖亜を見て、カッコいいって思ってたんだ。自分もあんなふうになりたいって……」

 僕だって、そう思ってた。
 聖亜は僕の憧れだった。
 手を伸ばし、聖亜の腕をぐっとつかむ。

「だから教えてよ! ハルって誰……」

 僕はそこで言葉を切った。

「聖亜?」

 聖亜が僕の手を振り払い、背中を向ける。
 涙でぐしゃぐしゃになった顔を、腕でこすりながら。

「聖亜……あの……」
「……ってくれ」
「え?」
「帰ってくれ。頼むから」

 僕の聞いたことのない、か細い声が部屋に響く。

「お前に見られたくないんだよ……こんな顔」

 ぐすぐすと洟をすすっている聖亜の背中を見つめてから、僕は立ち上がった。

「うん、わかった。でも話せるようになったら話してほしい」

 聖亜の背中が震えている。

「僕、待ってるから」

 それだけ言うと部屋を出て、静かにドアを閉めた。