気付いたときには、七瀬は土の匂いの中でびしょ濡れになって転がっていた。
目を開けると、土砂降りの真っ暗な雨空の下にいる。風も強く、まさに台風接近中という感じの天気だ。
(戻ってこれた!)
七瀬は勢いよく体を起こした。
そこはちゃんと期待した通り、通学路として何度も通り過ぎてきた川の土手だった。
しかも天候から察するに、異世界に行っていた二週間は、こちらではほとんど時間が経っていないらしい。
(えっと、リウンは?)
七瀬はリウンのことを考えた。
あまりにも普通にいつもの場所にいるので、もしかしたらやっぱり全部夢だったのかもしれないと思った。
(いや、でもそんなはずは……。だって私は、さっきまでリウンの手を握っていた)
血がこびりついた手を握りしめて、七瀬はあたりを見回した。
上手くいかずにお互い離れた場所に着いてしまった可能性も頭に浮かんで、不安になる。
しかしリウンが横たわっている場所はほんの近くだったので、七瀬はすぐに見つけることができた。
見慣れた地元の風景の中、時代がかった服装で転がる血まみれのリウンの姿は、とても異質な存在に見えた。
「リウン!」
七瀬はリウンに駆け寄り、体を仰向けにした。
リウンは青白い顔をして目を閉じ、ぴくりとも動かない。意識はまったくないようだが、口に耳を近づけるとかすかに呼吸が感じられる。今すぐにでも死んでしまいそうな、弱い呼吸だ。
「きゅ、救急車呼ばないと」
七瀬は連絡手段を求めて辺りを見回した。
すると、近くには鞄とひしゃげた自転車が転がっていた。もちろんどちらも七瀬のものだ。
七瀬は急いで鞄を開け、携帯を取りだした。
国産で生活防水がついている七瀬のガラケーは、雨の中でも問題なく動く。
「一、一、九……」
間違えて警察に電話しそうになりながら、七瀬は救急通報した。
電話はすぐにつながって、落ち着いた声の女性が対応してくれる。
「一一九番消防です。火事ですか、救急ですか」
「救急、です」
「では場所の住所とあなたのお名前、電話番号を……」
初めての経験だったので、七瀬はたどたどしく受け答えた。だがとりあえず問題なく終わり、救急車はすぐに来てくれることになった。
「これで、何とかなるかな……」
ただ電話で話しただけであるが、七瀬は一仕事終えた気持ちになって気を失っているリウンの側にへたりこんだ。ひとまず、リウンは死なずにすむかもしれなかった。
雨は強く、横殴りに降っている。
川の周りは見渡す限りの田園で、雨をしのぐ場所はなかった。
七瀬は鞄からタオルを取り出し、とりあえずリウンの傷を覆った。タオルはもうすでにびしょ濡れであまり吸水能力はなさそうであったが、気休めでもないよりはいいだろうと思った。
そして他に何かできることはないかとあたふたしているうちに、救急車が到着した。
七瀬はほっとして、降りてきた救急隊員に手を振った。
この状況をどう説明するのかなど問題はたくさんあったが、まずはリウンが助かることだけを考えていたかった。
リウンがいるのは、七瀬が十七年間生きてきた場所である。
七瀬は相変わらず何もできない女子高生だが、少なくともこの世界ではもう少しやれることがあるはずだ。
「ここでは、私がリウンを守るから。だから死なないで」
七瀬はリウンの顔に付いた血を拭って、ささやいた。
◆
その後、人知れず異世界に行って戻ってきた七瀬は、リウンのために救急通報した時の状況について、土手に血まみれの人がいたので驚いて転んだのだと説明した。異世界にいたとはいえ大きな変化があったわけでもないので、家族を含め誰も疑う人はいなかった。
やたら制服が血に汚れていた上に自転車で土手を転げ落ちたのは事実なので病院で多少検査を受けることにはなったが、七瀬自身はまったくの無傷だったのですぐに家に帰った。
「ただの発見者のはずなのに何をやってんだか、あんたは」
会社から家に帰るついでに車で七瀬を迎えに来てくれた姉は、怪我人を見つけただけらしいのに自転車と制服を駄目にした七瀬に呆れた。
「だって転んじゃったんだから、仕方がないじゃん」
七瀬は助手席に座って、頬を膨らませた。
家族にそこまで心配をかけずに済んだのはありがたかったが、責められるのはそれはそれで嫌だった。
家に帰った七瀬は、遅めの夕飯を食べながら録画しておいた秋の新作ドラマを見て風呂に入り、妹が買ってきていた漫画の週刊誌を読んで自分の部屋に戻った。
小学校入学時に買ってもらった学習机に、CDや漫画がぎっしりとつまった本棚。
物心ついてからずっと過ごしてきた自分の部屋に布団を敷いて寝転がると、何事もなかったような気がしてきた。
だがむこうの世界で女官に整えてもらっていた爪や髪がやたら綺麗なので、間違いなくあれは現実だったのだと実感する。
(リウンは、大丈夫かな……)
明日も学校であるので寝ようしたが、やはりリウンのことが気になった。
だが知らない人だと説明した以上あまりしつこく様子を聞くわけにもいかなかったので、心配しつつも寝た。
目を開けると、土砂降りの真っ暗な雨空の下にいる。風も強く、まさに台風接近中という感じの天気だ。
(戻ってこれた!)
七瀬は勢いよく体を起こした。
そこはちゃんと期待した通り、通学路として何度も通り過ぎてきた川の土手だった。
しかも天候から察するに、異世界に行っていた二週間は、こちらではほとんど時間が経っていないらしい。
(えっと、リウンは?)
七瀬はリウンのことを考えた。
あまりにも普通にいつもの場所にいるので、もしかしたらやっぱり全部夢だったのかもしれないと思った。
(いや、でもそんなはずは……。だって私は、さっきまでリウンの手を握っていた)
血がこびりついた手を握りしめて、七瀬はあたりを見回した。
上手くいかずにお互い離れた場所に着いてしまった可能性も頭に浮かんで、不安になる。
しかしリウンが横たわっている場所はほんの近くだったので、七瀬はすぐに見つけることができた。
見慣れた地元の風景の中、時代がかった服装で転がる血まみれのリウンの姿は、とても異質な存在に見えた。
「リウン!」
七瀬はリウンに駆け寄り、体を仰向けにした。
リウンは青白い顔をして目を閉じ、ぴくりとも動かない。意識はまったくないようだが、口に耳を近づけるとかすかに呼吸が感じられる。今すぐにでも死んでしまいそうな、弱い呼吸だ。
「きゅ、救急車呼ばないと」
七瀬は連絡手段を求めて辺りを見回した。
すると、近くには鞄とひしゃげた自転車が転がっていた。もちろんどちらも七瀬のものだ。
七瀬は急いで鞄を開け、携帯を取りだした。
国産で生活防水がついている七瀬のガラケーは、雨の中でも問題なく動く。
「一、一、九……」
間違えて警察に電話しそうになりながら、七瀬は救急通報した。
電話はすぐにつながって、落ち着いた声の女性が対応してくれる。
「一一九番消防です。火事ですか、救急ですか」
「救急、です」
「では場所の住所とあなたのお名前、電話番号を……」
初めての経験だったので、七瀬はたどたどしく受け答えた。だがとりあえず問題なく終わり、救急車はすぐに来てくれることになった。
「これで、何とかなるかな……」
ただ電話で話しただけであるが、七瀬は一仕事終えた気持ちになって気を失っているリウンの側にへたりこんだ。ひとまず、リウンは死なずにすむかもしれなかった。
雨は強く、横殴りに降っている。
川の周りは見渡す限りの田園で、雨をしのぐ場所はなかった。
七瀬は鞄からタオルを取り出し、とりあえずリウンの傷を覆った。タオルはもうすでにびしょ濡れであまり吸水能力はなさそうであったが、気休めでもないよりはいいだろうと思った。
そして他に何かできることはないかとあたふたしているうちに、救急車が到着した。
七瀬はほっとして、降りてきた救急隊員に手を振った。
この状況をどう説明するのかなど問題はたくさんあったが、まずはリウンが助かることだけを考えていたかった。
リウンがいるのは、七瀬が十七年間生きてきた場所である。
七瀬は相変わらず何もできない女子高生だが、少なくともこの世界ではもう少しやれることがあるはずだ。
「ここでは、私がリウンを守るから。だから死なないで」
七瀬はリウンの顔に付いた血を拭って、ささやいた。
◆
その後、人知れず異世界に行って戻ってきた七瀬は、リウンのために救急通報した時の状況について、土手に血まみれの人がいたので驚いて転んだのだと説明した。異世界にいたとはいえ大きな変化があったわけでもないので、家族を含め誰も疑う人はいなかった。
やたら制服が血に汚れていた上に自転車で土手を転げ落ちたのは事実なので病院で多少検査を受けることにはなったが、七瀬自身はまったくの無傷だったのですぐに家に帰った。
「ただの発見者のはずなのに何をやってんだか、あんたは」
会社から家に帰るついでに車で七瀬を迎えに来てくれた姉は、怪我人を見つけただけらしいのに自転車と制服を駄目にした七瀬に呆れた。
「だって転んじゃったんだから、仕方がないじゃん」
七瀬は助手席に座って、頬を膨らませた。
家族にそこまで心配をかけずに済んだのはありがたかったが、責められるのはそれはそれで嫌だった。
家に帰った七瀬は、遅めの夕飯を食べながら録画しておいた秋の新作ドラマを見て風呂に入り、妹が買ってきていた漫画の週刊誌を読んで自分の部屋に戻った。
小学校入学時に買ってもらった学習机に、CDや漫画がぎっしりとつまった本棚。
物心ついてからずっと過ごしてきた自分の部屋に布団を敷いて寝転がると、何事もなかったような気がしてきた。
だがむこうの世界で女官に整えてもらっていた爪や髪がやたら綺麗なので、間違いなくあれは現実だったのだと実感する。
(リウンは、大丈夫かな……)
明日も学校であるので寝ようしたが、やはりリウンのことが気になった。
だが知らない人だと説明した以上あまりしつこく様子を聞くわけにもいかなかったので、心配しつつも寝た。