自宅に戻ると、いつもより元気のない僕に気づいて、お母さんが心配そうな顔をした。だけど、靴を脱ぎながら黙っている僕に、それ以上話しかけてはこない。
今のままではスカーフェイスを捕まえるどころか、姿さえ見つけるのは難しい。手がかりと言えば救急車のサイレンだけ。その音を頼りにあいつを追うわけだけど、救急車が現場に到着するまで、親切にスカーフェイスが僕たちを待っているはずもない。
捕まえるなら、あいつを先回りするしかない。でもどうやって? 次はどこに現れる? 被害は黄道区全域だ。やつが現れる場所を特定できないにしても、たとえばどこか、この町の一か所にしぼって待ち伏せすれば、いつかは現れるんじゃないだろうか……。
考えがまとまり始めたときお父さんが仕事から帰ってきた。「おかえり!」
「千斗ー、お父さんと一緒に手を洗ってテーブルに着いて。すぐにご飯よ」
お父さんは僕の顔を見ると、「おお、千斗もお疲れさん! 今日もいい匂いだな!」と僕の頭をガシガシやった。ネクタイを外したお父さんと並んで洗面所で手を洗いテーブルに戻ると、お母さんが湯気のホクホク上るお皿を並べていく。
「お! コロッケか! なあ、ところで今日も、居眠り運転の事故だって!」
お父さんは、椅子に座ると両手を楽しそうにこすりながら、お母さん得意の団子コロッケを一目見るなりそう言った。団子コロッケはお父さんの好物で、小さな丸いコロッケをうずらの串あげみたいに三つずつ串にさしてある代物。中身はお楽しみで、だいたいいつもかぼちゃとかコーンとか、たまにはアボカドなんかが入っている。お父さんは、くじでも引くみたいなこんなお茶目なメニューが大好きで、もちろん僕も気に入ってる。
「たまたま営業に出ていた会社の若い社員が見かけたらしいんだ。蛇行運転しながら、一台の車がすごいスピードで民家の壁につっこんでいったんだってさ」
「あらあ……。今日の事故はどこだったの?」
会話に耳をそばだてる。間違いなくスカーフェイスが絡んでいる話だ。
「確か……天秤池町の天川方面だと言ってたな……」
「ねえ、お父さん! それは何時頃だったか聞いた?」「ん? 千斗も興味あるのか?」
お父さんは、そのときの様子を思い出すように、天井を見上げた。
「確か……山本君が帰社してその話を聞いたのが、五時三〇分ぐらいだったから……そうだな、四時三〇分から五時ぐらいの間じゃないかな? お! 今日は新作か⁉ これ枝豆じゃないか! ねえ、ビールある?」
座ろうとしていたお母さんは笑って冷蔵庫に向かう。お父さんは、「うまい、うまい」と言いながら、もぐもぐと口にコロッケをつっこんだ。
時間的にも方角から考えても、僕たちが花園で聞いたサイレンは、おそらくこの車の事故で間違いない。ミチルの予想どおり、スカーフェイスは天川方面へと向かっていき、そこで車の運転手の時間をかすめ取ったんだ。
黄道区の地図を思い浮かべる。スカーフェイスが起こした事件の場所と順番が気になっていた。ライオン公園のある獅子丘町の隣が乙女町で、さらにその隣が天秤池町。当然あいつが移動する先々で被害は起こっているわけだけど、つまり被害の痕跡がスカーフェイスの足跡でもある。じゃあそれに規則性はあるのか? 団子コロッケはいつもと同じにきっとおいしかったはずだけど、正直この日の夕食はあんまり味がしなかった。
布団に入ってもずっと考え込んでいた。部屋に響く時計の音を聞きながら《黒野時計堂》でのことを思い出す。時間の管理人であるお爺さんと、短針のマシュマロに長針のスカーフェイス。柱時計から逃げ出したスカーフェイスは、もともと時計の長針だった。
そこまで考えて、はっとする。もしかしてあいつは、右回りにこの黄道区を移動してるんじゃないだろうか。時計と同じに!
もちろんこれは仮説だ。でもこれが正しければ、被害が出た町の右隣か、さらに先で待ち構えれば、先手を打ってスカーフェイスを出し抜けるかもしれない。
じゃあ一体どうやって移動先を読む? 一早く居場所をつかまなくちゃ移動先も読めない。居場所をつかんで、先回りし、追い詰めるためにはどうしたらいいんだ……。
整理しなきゃ。まず僕たちは五人。そして通信機を持っている。黄道区には環状線を右回りと左回りにイエローバスが走っていて、約一時間でグルッと一周している。
そして僕はある作戦を思いついた。
【スカーフェイス捕獲作戦】
〈ミチルとマルコ〉
・イエローバスのフリーパス(一日乗車券)を使う
・右回りと左回りのバスに別々に乗る(右回り=マルコ 左回り=ミチル)
・バスの中から環状線沿いの外側の町を監視する
・サイレンが聞こえたら近くのバス停でおりて周辺を探す
〈紅葉とジョージ〉
・コスモ小にいったん集合
・自転車でバスの環状線より内側の道を走る
・右回りと左回りに回り、町に異常がないか監視する(右=ジョージ 左=紅葉)〈千斗〉
・黄道区の中心、コスモ小学校で待機する
〈全員〉
・なにかあったら常に通信すること!
バス組のミチルとマルコは、黄道区の外周から町を監視できる。紅葉とジョージは、自転車で環状線の内周を小さめに回ってもらうから、ミチルとマルコが見落とす内側のエリアを押さえることができる。自転車で回れば、三〇分くらいで一周できるはずだ。そして僕は。どこへでも移動しやすいよう、真ん中のコスモ小で待機する。
たった五人で、町を隈なく探しきれるほどこの黄道区は小さくない。だからこそ、みんなで固まって探すよりもいくらか効率はいいはずだ。みんなが全域に散らばることで、スカーフェイスの尻尾をつかみ、そして次の移動先を予測して待ち受ける作戦だ!
もしこの推測が間違っていて、スカーフェイスが右回りじゃなくてランダムに動いてるんだとしても、これならお互いに駆けつけやすい。ジョージと紅葉は体力があるし、学校にいる僕も、自転車ならそれなりに早くたどりつけるはずだ。だんだんまぶたが重くなり、眠気でぼんやりしてくる。布団に包まれながらいつの間にか眠ってしまった。
今のままではスカーフェイスを捕まえるどころか、姿さえ見つけるのは難しい。手がかりと言えば救急車のサイレンだけ。その音を頼りにあいつを追うわけだけど、救急車が現場に到着するまで、親切にスカーフェイスが僕たちを待っているはずもない。
捕まえるなら、あいつを先回りするしかない。でもどうやって? 次はどこに現れる? 被害は黄道区全域だ。やつが現れる場所を特定できないにしても、たとえばどこか、この町の一か所にしぼって待ち伏せすれば、いつかは現れるんじゃないだろうか……。
考えがまとまり始めたときお父さんが仕事から帰ってきた。「おかえり!」
「千斗ー、お父さんと一緒に手を洗ってテーブルに着いて。すぐにご飯よ」
お父さんは僕の顔を見ると、「おお、千斗もお疲れさん! 今日もいい匂いだな!」と僕の頭をガシガシやった。ネクタイを外したお父さんと並んで洗面所で手を洗いテーブルに戻ると、お母さんが湯気のホクホク上るお皿を並べていく。
「お! コロッケか! なあ、ところで今日も、居眠り運転の事故だって!」
お父さんは、椅子に座ると両手を楽しそうにこすりながら、お母さん得意の団子コロッケを一目見るなりそう言った。団子コロッケはお父さんの好物で、小さな丸いコロッケをうずらの串あげみたいに三つずつ串にさしてある代物。中身はお楽しみで、だいたいいつもかぼちゃとかコーンとか、たまにはアボカドなんかが入っている。お父さんは、くじでも引くみたいなこんなお茶目なメニューが大好きで、もちろん僕も気に入ってる。
「たまたま営業に出ていた会社の若い社員が見かけたらしいんだ。蛇行運転しながら、一台の車がすごいスピードで民家の壁につっこんでいったんだってさ」
「あらあ……。今日の事故はどこだったの?」
会話に耳をそばだてる。間違いなくスカーフェイスが絡んでいる話だ。
「確か……天秤池町の天川方面だと言ってたな……」
「ねえ、お父さん! それは何時頃だったか聞いた?」「ん? 千斗も興味あるのか?」
お父さんは、そのときの様子を思い出すように、天井を見上げた。
「確か……山本君が帰社してその話を聞いたのが、五時三〇分ぐらいだったから……そうだな、四時三〇分から五時ぐらいの間じゃないかな? お! 今日は新作か⁉ これ枝豆じゃないか! ねえ、ビールある?」
座ろうとしていたお母さんは笑って冷蔵庫に向かう。お父さんは、「うまい、うまい」と言いながら、もぐもぐと口にコロッケをつっこんだ。
時間的にも方角から考えても、僕たちが花園で聞いたサイレンは、おそらくこの車の事故で間違いない。ミチルの予想どおり、スカーフェイスは天川方面へと向かっていき、そこで車の運転手の時間をかすめ取ったんだ。
黄道区の地図を思い浮かべる。スカーフェイスが起こした事件の場所と順番が気になっていた。ライオン公園のある獅子丘町の隣が乙女町で、さらにその隣が天秤池町。当然あいつが移動する先々で被害は起こっているわけだけど、つまり被害の痕跡がスカーフェイスの足跡でもある。じゃあそれに規則性はあるのか? 団子コロッケはいつもと同じにきっとおいしかったはずだけど、正直この日の夕食はあんまり味がしなかった。
布団に入ってもずっと考え込んでいた。部屋に響く時計の音を聞きながら《黒野時計堂》でのことを思い出す。時間の管理人であるお爺さんと、短針のマシュマロに長針のスカーフェイス。柱時計から逃げ出したスカーフェイスは、もともと時計の長針だった。
そこまで考えて、はっとする。もしかしてあいつは、右回りにこの黄道区を移動してるんじゃないだろうか。時計と同じに!
もちろんこれは仮説だ。でもこれが正しければ、被害が出た町の右隣か、さらに先で待ち構えれば、先手を打ってスカーフェイスを出し抜けるかもしれない。
じゃあ一体どうやって移動先を読む? 一早く居場所をつかまなくちゃ移動先も読めない。居場所をつかんで、先回りし、追い詰めるためにはどうしたらいいんだ……。
整理しなきゃ。まず僕たちは五人。そして通信機を持っている。黄道区には環状線を右回りと左回りにイエローバスが走っていて、約一時間でグルッと一周している。
そして僕はある作戦を思いついた。
【スカーフェイス捕獲作戦】
〈ミチルとマルコ〉
・イエローバスのフリーパス(一日乗車券)を使う
・右回りと左回りのバスに別々に乗る(右回り=マルコ 左回り=ミチル)
・バスの中から環状線沿いの外側の町を監視する
・サイレンが聞こえたら近くのバス停でおりて周辺を探す
〈紅葉とジョージ〉
・コスモ小にいったん集合
・自転車でバスの環状線より内側の道を走る
・右回りと左回りに回り、町に異常がないか監視する(右=ジョージ 左=紅葉)〈千斗〉
・黄道区の中心、コスモ小学校で待機する
〈全員〉
・なにかあったら常に通信すること!
バス組のミチルとマルコは、黄道区の外周から町を監視できる。紅葉とジョージは、自転車で環状線の内周を小さめに回ってもらうから、ミチルとマルコが見落とす内側のエリアを押さえることができる。自転車で回れば、三〇分くらいで一周できるはずだ。そして僕は。どこへでも移動しやすいよう、真ん中のコスモ小で待機する。
たった五人で、町を隈なく探しきれるほどこの黄道区は小さくない。だからこそ、みんなで固まって探すよりもいくらか効率はいいはずだ。みんなが全域に散らばることで、スカーフェイスの尻尾をつかみ、そして次の移動先を予測して待ち受ける作戦だ!
もしこの推測が間違っていて、スカーフェイスが右回りじゃなくてランダムに動いてるんだとしても、これならお互いに駆けつけやすい。ジョージと紅葉は体力があるし、学校にいる僕も、自転車ならそれなりに早くたどりつけるはずだ。だんだんまぶたが重くなり、眠気でぼんやりしてくる。布団に包まれながらいつの間にか眠ってしまった。